Einsamkeit
マリーが王室騎士団に捕らえられていると言われた時、私はとても驚いた。 だって今までのマリーがやったことといえば、それは大抵調合の失敗でマリーの住むアトリエを壊滅状態にさせたとか、言うならば『仕方のない』ことばかり。王室騎士団もアカデミーでのこと、ということでお目こぼしをもらっていたのだけど。 「…今日は何をやったのかしら、マリー」 そう言いつつも、私は聖騎士の詰め所へと歩いていく。 何故ならば、私、いや『ドナースターク家の娘』がマリーの身元引受人だからだ。マリーの故郷はグランビル村であり、彼女は私に着いてザールブルグに来たのでザールブルグの身元引受人がいない。それを私が引き受けていることに加え、私はドナースターク家の娘だ。普通の娘が釈放の為に聖騎士詰め所に向かったところで釈放してくれるとは思えないが、『ドナースターク家の娘』ならば彼女を釈放して貰える可能性が高いからだ。 …嫌な考えだ。心底そう思う。これは私の父の権力であって、決して私の力ではないのに。 でも、マリーは私の親友で幼馴染みで。彼女を救うためならこの程度の権力の乱用なんてやってみせる。 聖騎士の詰め所にたどり着く。本来ならば罪人なんてこんなところにはおらずにすぐに牢屋行きだが、マリーは騎士団長のエンデルク様と知り合いだ。かという私も知り合いで、冒険の時にはお世話になっている。今回はご温情を頂いて、こちらにいさせてもらっているのだという。 扉の前に立つ。扉を叩こうと手を差し出す。だけど私がその扉を叩く前に、扉が先に開いた。そしてそこから出てきたのは―――― 「エンデルク様」 「シアか。マルローネを引き取りに来たのだな?」 先ほど考えていたその人、王室騎士団聖騎士団長エンデルク・ヤードだった。私は彼からの問いに頷く。 「はい、そうです。あの、それでマリーは…」 「それは本人から聞いた方が早いだろう。私が話すより、本人に聞いて真実を確かめてやってくれ。私が知っているのは所詮事実までだ」 とりあえず中へと通される。中を進めば、マリーはすぐに出てきた。 「マリー!」 「ああ、シア! よかった、やっと帰れるわー!!」 マリーは両手を上げて感激している。そこまで喜んで貰えれば迎えに来たこっちも嬉しくなってしまう。 椅子に座っていたマリーは私の姿を確認するとすぐに立ち上がって私の元に駆け寄ってきた。表情はとても嬉しそうだ。そんなにここが嫌だったのだろうか。 「じゃ、帰りましょう。マリー」 「うん、帰ろー!」 「マルローネ」 私とマリーが足を外に向けると、そこにエンデルク様からの声がかかる。マリーは渋々といった感じで振り返る。 「次回からはこのようなことはないように。今回は怪我人がなかったからよかったものを、怪我人がいたのならばこの程度では済まなかったのだぞ」 「…分かってるわよ。次からは気を付けるわ」 「そうしてくれればいいのだがな」 軽い皮肉を言って、エンデルク様は私たちを視線から外した。もう言うことはないようだ。マリーは苦虫を噛み潰したかのような顔をした。これは相当ここで煮え湯を食わされてしまったようだ。 私はマリーを先に外に向かわせ、自分は中に残って優雅に一礼をした。 「それでは、エンデルク様、聖騎士の皆様、ご迷惑をおかけしました。これからもお仕事を頑張ってください。失礼します」 淡々と言うと、私はマリーの後を追って詰め所から出ていった。外ではマリーが待っている。 「今日はありがとね、シア」 「ううん、いいのよマリー。でもね、一体何をやったの? いつもなら騎士団に捕まるようなことしないじゃない」 「…あー、それなんだけどね」 マリーは非常に気まずそうに言い、辺りを気にしている。どうやらここでは言えない内容のようだ。 だったら私が折れなくてはならないみたいだ。 「いいわ、だったらマリーの家で話しましょ? あそこだったら誰もいないし、安全よ」 「…助かるわー。ありがと、シア」 「いいえ、どういたしまして」 二人して笑い合う。私たちの足は、マリーのアトリエへと向かっていた。 「それで、結局何があったの?」 「…エンデルクから聞いてないの?」 マリーが作った特製のミスティカティを飲みながら、二人して話し合う。私はマリーの問いに首を横に振った。 「聞いてないわ。エンデルク様は、マリーから直接真実を聞き出せって言ってたけど」 「…そ、相変わらず気障ね」 疲れ果てたようにマリーはカップを机に置いて、その机に自分も突っ伏した。本当に今日は何があったのだろう。マリーがここまで疲れるなんて珍しいことなのに。 ミスティカティを口に含む。上品な香りと味。マリーが作ったとは思えない味。 「…今日ねー、人に爆弾ぶっ放しちゃった」 そして抜群のタイミングで呟かれた言葉に、私は紅茶を吹き出しかけた。 どうにかして吹き出さないようにと無理をしたからか、ミスティカティが気管に入った。がほごほと酷い音を喉が立てて、涙目になりながらも私はマリーに問う。 「爆弾をぶっ放したって…! マリー、それ本気!?」 「本気も本気。っていうか、事実だし」 だから捕まったんだしー、と何ということのない、何の変哲もない様子で平然と、だがどこか気怠げにマリーは言う。 「それ、街の中に魔物がいたとかじゃなくって…?」 「っていうか、アタシが狙ったの、れっきとした人だし」 「そこまで分かってるならなんで…」 と、言いかけて止めた。ここで言うべき言葉はそこまで分かってるならなんで、じゃない。 そこまで分かっていながら、それでもやったのね、だ。 「…だって仕方がないじゃない。アタシの前でアイツの悪口言ったんだから」 アイツ、というのが誰かは私は知らない。私はマリーの親友だけど、マリーの知り合いを全員把握しているわけじゃないし。 でも、たったそれだけで爆弾を投げるなんて…。 「マリー、ちょっとは落ち着いて行動したら? そんなことで人を殺しちゃダメよ」 「そんなことじゃないわよ!」 マリーの怒鳴り声。私は目を見開く。マリーが私に怒鳴り込むなんて、滅多にないのに。 それだけ、それだけその人がマリーにとって大切なのだろうか。 「そんなことじゃないわよ…! みんな『何でそんなことで』って言うけど、アタシにとってはそんなことじゃない…! アタシは、アタシの大切な人を傷付ける奴は許さないもの…! 本当なら、ただのフラムで済んでマシだと思うくらいに酷いことしたかったんだから…!」 その言葉を聞いて、私は酷く納得してしまった。 ああ、マリーらしい、なんて。そんな感想を持ちながら。 マリーは昔からこうだった。まだ私たちが子どもだった頃、まだ私がグランビル村にいた頃、私は村の男の子たちから虐められていた頃がある。子どもの他愛のない悪戯だったけど、私にはそれが泣いてしまうくらいに怖くて。 そして私が虐められているという事実をマリーが知ったとき、マリーはその子たちを見つけだして反撃して、完膚無きまで叩きつぶした。もう二度と私を虐めないっていう約束までさせて、マリーは私を守ったのだ。 マリーは昔から、自分の仲間とか、大切な人とか、そう言う人を傷付けられるのが大嫌いだった。 それがどんなに他愛のないことでも、その人がほんの少しでも傷ついたと認識すればマリーは傷つけた人間を反抗の意志すらなくしてしまうくらいに徹底的に叩きつぶすのだ。 アカデミーに入って、錬金術を学んだマリーは得意な爆弾を使って、その相手を徹底的に叩きつぶしたのだろう。 その光景があんまりにも簡単に目に浮かんだもので、私はちょっと笑ってしまった。 「ちょっとぉ、シア。何で笑ってるのよ」 「ううん、マリーらしいなって」 昔から、守られるのは私だった。昔から身体が弱くて、ずっと虐められる対象で。でもマリーが守ってくれたから、私は大丈夫だった。 「…いつか、」 そんなマリーに、私以外に守りたいと思う人が出来た。 それは酷く喜ばしいことで、だけど少し寂しいことで。やっぱり私には、今はまだ少し寂しくて。 「いつか、そのマリーが大切だと思ったその人、紹介してね」 お祝いするからと私がそう言えば、マリーは笑った。 「…うん!」 笑って、とても幸せそうに笑って。 そして、私に抱きついた。 ああ、この温もりが、もう少し私の傍にありますように。 暖かさと、ほんの少しのどうしようもない寂しさを感じながら、私はそう思った。 |