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Tranen und wichtige Sachen
それは確か、アタシとシュワルベが丁度採取から帰ってきた時だったような気がする。 …あまり、よくは覚えていないけど、ソイツらが、ソイツらの言ったその言葉が、アタシを燃え盛るの烈火のように怒らせたのは確かだった。 「あー、採った採った。悪いわねシュワルベ、付き合わせちゃって」 アタシは調合材料をいっぱいに詰め込んだカゴを肩にかけているシュワルベに声をかけた。 「別に、気にするようなことでもないだろう。俺はお前の護衛だ。お前が連れ回さずに誰が連れ回すんだ」 シュワルベは肩にかかる重さなんて何の負担でもないみたいに平然と言う。…あれ、本当はかなり重いはずなのに。 「…それもそうよね。うん、アンタはアタシの護衛だし」 「そうだ。だから気にするな。お前が負い目を感じる必要などない」 シュワルベは淡々と語る。アタシは、少し目を逸らした。 元々、今回の採取は事前に知らされたものじゃなかった。 その時アタシは難しい調合が終わって、今日がいつかなんて気づきもしなかった。それでカレンダーを見たら冬ももう少しで終わりだっていうことに気づいたアタシは、そういえば滝つぼのしずくを採り忘れていたと急遽ストルデルの滝に行くことにしたのだ。 で、採取に行くとなれば必要なのは冒険者。アタシも最初に比べたら随分と強くなったけど、一人で何人も相手にするのは流石に厳しい。特に魔法防御が高い奴にはアタシの攻撃なんて無意味だし。それにストルデルの滝にはつむじ風のボスがいる。下手に一人で行ったらやられるがオチだ。 でもあくまでも今回のは突発的な計画性もなにもなかったもので、友人とはいえそんな時に来てくれる冒険者なんていない。 そこで永続的に雇っているシュワルベに、今日は別の仕事で忙しいとずっと前から言われていたにも関わらず、呼び出した。しかも無理矢理。護衛料はずむからと言って。 でもシュワルベはアタシの護衛料アップを拒否して、その日の仕事をキャンセルして、アタシが無理矢理連れてきたにも関わらずアタシの隣にいつも通りにいる。何があっても守れるようにと。 隣を歩くシュワルベをちらりと見る。シュワルベは採取が終わっても当然のようにアタシの隣を歩いていて、アタシに負担が掛からないように荷物を持ってくれている。 …いい奴だなあと思う。本当に。アタシのわがままにも何も言わずに受け入れてくれるし、何かあっても頼りになるし。多分アタシがこの世で二番目に頼ってる奴だ。一番はシアだけど。 だから、コイツに何かあったら助けてやりたいと思う。普段からアタシに…というか誰にも何も頼らない奴だけど、本当に困っていたときにアタシに頼ってきた時は必ず助けてやりたい。 「それで、これはお前のアトリエに運べばいいのか?」 シュワルベがカゴを見せながら尋ねてきた。アタシは首を振る。 「あ、ううん。先に飛翔亭に寄ってから帰ろうと思ってんのよ。ちょぉっとディオさんに渡したい物もあるしねー」 「依頼品か?」 「そ、新鮮なガッシュの枝9つ。ついでにね」 「…ついで、か」 アタシがウインクをしてみれば、シュワルベはため息なんかしてみせる。どうせアタシの計画性のなさに呆れたんでしょうね、全く! 採取なんてやってれば結構な時間を食うことが基本で、しかも依頼品が採取しなければならない場合は基本的に初めからある物を渡すのが上策だ。でもアタシはそれをしない。それがアタシの基本だから。 「期限は一ヶ月くらいだったしね。さ、さっさと行って、ついでにいい酒飲むわよー!」 酒、といえばシュワルベは静かに食いついてくる。 「ご同伴に預かろう」 「いいわよ、久々にパーッとやりましょ! パーッと!」 そう、パーッと! 何たって久々のザールブルグなんだから! その時、聞こえてきたのは声だった。 野太い男の声。 でもだからといって騎士みたいに品とかある声じゃなくて、だからといってアタシの知ってる冒険者みたいに経験とかのある声じゃない、ただの荒くれ者って感じの声だ。 そういえば、グランビル村でよく聞いた声。昔シアを虐めてた奴が成長したら、こんな風になるんじゃないかと思える、濁った声。 ざらりと耳に残る、砂のような不快な声。眉をひそめる。 「なぁ…アンタ、シュワルベ・ザッツだろ? 元マイヤー盗賊団の首領の」 「…だったらどうした」 男達が近付いてくる。男達はあくまでも普通の格好で、普通の服で、どこにでもいそうなただの人間だった。冒険者とか、一瞬でも考えてしまったアタシが馬鹿みたいに。 シュワルベは荷物を地面に置き、マントの中に手を伸ばす。マントの下では多分、愛用のナイフが握られている。偶にこういったことがあるのだ。シュワルベは何だか結構有名な人だったらしく、暇があればこうやって挑んでくる人が多い。 …まあ、そのシュワルベを倒したアタシは一体何なんだろう、とかいうことは今は考えないことにして。 今回もそれだろうなと見当を付けていたアタシは、シュワルベと男の会話を隣で聞いていた。万が一何かあっても護衛であるシュワルベが守ってくれるだろうし、アタシも自分の身を守れないほど弱くはないから。 場所を変えたシュワルベについて、アタシも路地裏へと入っていく。ちゃっかりとシュワルベの隣に立って、事の成り行きを見守る。シュワルベも慣れているのか、何も言わなかった。 「それで、何だ」 「何でアンタがここにいるんだ?」 「…どういう意味だ」 男の内容に疑問を抱いたのか、シュワルベは素直に問い返す。だが男にとってはシュワルベのその行動こそが不快だったのか、アタシにまで聞こえるくらいに大きく舌打ちをした。 「だから! 何でテメェみたいなのがここにいるんだ! しかも表通りを堂々と!」 「…盗賊団が壊滅状態になり、俺は盗賊を廃業して冒険者になったからだ。俺のことを知っていたからには、現在の状況も知っているのだろう?」 「仮にも盗賊やってたんだろ! テメェには良心の呵責ってモンが…!」 「そんなものはないな。あの時の俺の稼業はそれだった。それをしなければ飢え死にしていた。そこに良心の呵責など入る隙間はない」 淡々と語るシュワルベに、どんどんヒートアップしていく男達。勝負は決まったなとアタシの目でも分かった。 この勝負、シュワルベの勝ちだ。 「もう他に用はないのか? ならば俺は行く。行くぞ、マルローネ」 「あ、うん! ちょっと待ってよ、シュワルベ!」 表通りに歩きだしたシュワルベの後ろを着いて、アタシも表通りへと歩き出す。 そこに、負け犬の遠吠えにしか聞こえない、男達の声が掛かった。 「は! テメェに良心の呵責がないだと!? つーことはなあ、テメェにとっては盗賊団の連中もただの捨て駒に過ぎなかったってことだな!」 それが、男達の頭の中でどんな論理で弾き出されたものかは分からない。 …だけど、それが、間違いなくアタシの琴線に触れて。 気付いたらアタシは男達に向かってフラムを投げてて、シュワルベはフラムを空中で切っているところだった。 空中で切られたフラムは地面に辿り着くことなく空中で爆発する。あまりの近距離だったせいか、アタシにもちょっと爆弾の被害がやってきている。シュワルベも同じく。でも、男達よりかはマシだった筈。 男達はフラムの直撃…とまでいかないけど、爆風を喰らって気絶してる。ああ、何て情けない。 「…何をしている」 「だって、」 「何をしている!」 言葉を紡ごうとすれば、シュワルベが怒鳴りつけてくるからアタシは何も言えない。 「何を考えているんだ、貴様は。人にフラムを投げるなんて、どこの阿呆の考えることだ」 「…だって、アレはアンタを傷つけたでしょ?」 呆れているシュワルベに、アタシは心からの本音を返す。シュワルベが驚いたようにアタシを見た。 「何を言っている、貴様…」 「アイツらが悪いのよ! アイツらがアンタを傷つけるようなことを言ったから!」 「いや…だからな……」 珍しく歯切れが悪いシュワルベ。アタシは多少困惑しながら、でもシュワルベを睨む。 「…何故、お前が泣く」 「アンタが傷ついているってのに、アンタ自身が泣かないからでしょ!」 ボロボロと頬に伝う涙を拭う。でも涙は後から後からこぼれだして、とてもアタシの手だけじゃ収まらない。 シュワルベの手がアタシの頬に触れて、それから大きなゴツゴツとした手がアタシの涙を拭う。 「…分かった。分かったから、泣くな。俺は傷ついていない」 「アンタが傷つかないわけがないもの」 「何故、そう言い切れる」 「だってアンタだもの」 冒険者になったアンタとは一年くらいの付き合いだけど、盗賊だったアンタを含めれば一体何年の付き合いになるのか。だけどそれだけアタシはアンタを見ている。アタシは、アンタを見ていた。 「それに、アンタが傷つかなくてもアタシがむかついたの! 文句ある!?」 アンタにとっての家族と同じ人を侮辱されたんだから、これくらいは当然だ。アタシは、アタシの大切な人を傷付ける奴を許さない。 真っ直ぐにシュワルベの瞳を見据えた。シュワルベは何か言いたそうに、だけど口ごもって何も言わなかった。 「…ああ、いや、何でもない。…ずらかるぞ、人が来る」 「ええ、行きましょ、シュワルベ」 そして、アタシは男達を置いてシュワルベと共に裏通りを後にする。 だけど、それから少しして、アタシが騎士団に呼ばれるのはもう少し後……。 |