Ja!


「騎士団に捕らえられたそうだな」
 アタシを見るや否や、シュワルベは不機嫌そうにそう言った。だからアタシは、
「うん、そうね」
 と、あっさりと認めて頷いた。

 アタシが騎士団に捕らえられた後すぐに釈放されて、数日が経った。
 その後は別に普段通り過ごしていたような気がする。騎士団に捕らえられたからといって別にみんなの視線が変わるわけでもなく、むしろ「ああ、いつものことだ」で済まされていた。それくらいアタシが騎士団に捕らえられるのなんていつものことなのだ。
 まあ普段は工房を爆破したとか周りに被害が出たとかそういうことで連行されるのだけど、今回は器物破損じゃなくて傷害罪だっていうのが問題なだけだけど。
 それでも周りの目は変わらない。飛翔亭のみんなも冒険者のみんなもシアも先生も何も変わらなかった。
 だからアタシはこうして、普段通り飛翔亭から貰った依頼をこなしているわけなんだけど―――
 そうしてスッパリと忘れていた。
 今回アタシが何故騎士団に捕らえられることになったのか、その原因のことを。

 工房にやってきたシュワルベはいきなりそう言って、アタシはそれに返したのだけど、アタシはまるで気にしていないように別の話題を出した。
「やっほー、シュワルベ。久しぶりね」
「たかだか数日間いなかっただけだろう。それはお前にとって久しぶりか」
「んー、みたいなモンよ。だってアンタいっつもアタシの傍にいるじゃない。工房以外では」
「それは偶然会うことが多いからだろう。特別狙っているわけではない」
「そーでしょうねー、だってアンタだし」
 出会ってすぐに軽口を叩き合う。これがいつものやりとりだ。
 だがそれもすぐに終わりを告げた。

「それで、捕らえられたのはあの件についてか」
「勿論。最近アタシも錬金術の腕上げたから工房を爆破させることなかったしね。
 そういえばアンタ、アタシが騎士団に連れて行かれたのってすぐに街に広まったんだけど、殴り込んでこなかったわよね? どうしてたの?」
「お前が騎士団に連れて行かれたとき、俺は街にいなかった」
 へぇと軽く嘆息してみる。
 そういえば、騎士団に捕らえられる少し前から姿が見えていなかったなとアタシは今更気付くのだった。
「何してたの?」
 答えるわけもないことを知っていながら、アタシは一応尋ねてみる。こういったことに対して、コイツが話す訳がないのだ。
「聞くな」
 いつもの答えだ。
「りょーかーい」
 だからアタシもいつもの言葉を返す。

「馬鹿だ、と言われただろう」
「うん、エンデルクにね」
「街中で爆弾を使うな、とも言われただろう」
「うん、でもアタシ爆弾娘って言われてるらしいから。別にそれ以外おとがめなかったけど」
「…良かったな」
「うん、被害もなかったしね」
 みんなと同じ言葉を吐くシュワルベ。まるで当事者じゃないみたい。本当はもっと言いたいことがあるっていうこと分かってるんだけど、何でこんなことを言うのかアタシには分からない。
 アタシが本題を切り出しても用件までは言おうとしないシュワルベに苛立ちを感じ始めた頃、シュワルベはようやく口を開いた。

「俺は、恨みを買いすぎている」
 静かな口調だった。アタシはそれに頷く。
「まあ…盗賊だったもんね、知ってる」
 知っているだけなのだ。そこにある理由も何も知りはしない。そしてそれは決して許されることじゃないということも知っていて、だからこそただ頷いておくだけに止めた。
「前のように絡まれることも多い。言われる中傷も真実から嘘まで様々だ」
「…うん」
 確かにシュワルベは盗賊だったから、酷いこともしていたんだろう。それは分かる。アタシも挑んでは何度も追いはぎにあった。だけどそれ以上は何もされなかった。それがシュワルベの優しさだ。
 だけどそれ以外に、全く見当違いなことも言われているに違いない。例えば、この間のシュワルベの盗賊団についてとか。
「その恨みに対して、俺は否定する術を持たない。沈黙し、肯定するまでだ」
「…うん」
 きっと事実だろうが事実でなかろうがどうでもいいのだ、シュワルベにとっては。シュワルベは相手の意図を汲むことに長けている。それで相手が何を望んでいるのか分かっているから。
 そしてそれにアタシは甘えて、とても助けて貰って。だからアタシはコイツのことをとても好きだと思ったのだ。
 シュワルベの口が躊躇うように動いた。だけどアタシが真剣な表情でシュワルベを見たら、シュワルベは観念したように切り出した。

「―――それでも、お前はその度にああやって怒るのか?」
「勿論」

 今更何を言っているのだ。そんなの当たり前だろう。
 視線に怨念じみた不満の声を滲ませてじとーっとシュワルベを見る。
 するとアタシの即答と視線に根負けしたのかシュワルベがため息を吐いた。その瞳には今まで見たこともない困惑の色が覗いていた。

「…迷惑を掛けるぞ、マルローネ」
「そんなの、アンタを護衛にしたときから分かり切ってることじゃないの。何言ってんの、今更」
 そうして笑う。
 すると、シュワルベはまたため息を吐くのだ。アタシはそれが癇に障って眉を潜める。
「何よ?」
「…いや、当たり前のこと、か」
「そうよ? 文句あるの?」
 断言すれば、シュワルベは何故だか少したじろいだみたいだった。
「いや、ない。…それでは、これからも頼む、マルローネ」
「勿論!」
 アタシは勿論快諾する。これで何もかも元通りだ。
 足りなかった歯車を埋めて、日常を回そう。
 そうしてようやくゆっくりと、いつもの日々が始まる。