【 一月 】
墨で汚れた かこん、と木の音が辺りに響きわたった。 「子どもは元気っスねぇ…」 広大な庭を見渡すことのできる縁側に座り込んで浦原は呟いた。 今浦原は一護と共に夜一の元に招かれている。正月回りのついでに夜一に雑煮やお節料理を食べないのかと誘われたのだ。真っ当に料理なんぞ作れはしない浦原と一護(主に一護)はそれはもう喜んで食いついた。それで今は雑煮もお節料理も食べたことだし一休み…の筈なのだが。 かこん、木の音が辺りに響きわたる。 浦原の目の前に何かが落ちてくる。先端が黒い球体で、そこから出ている飾り羽。羽突きの羽根だ。浦原は色彩豊かなそれをしゃがみこんで拾った。 「あ、喜助」 ちょうど浦原が拾ったところでやってくる姿がある。太陽色の髪と瞳、一護だ。 浦原は手の中の羽根を手渡しながら一護に尋ねる。 「はい、首尾はどうっスか? 一護サン」 「…はっきり言って全滅。砕蜂と二人がかりでも敵わねえよ、向こうは一人だってのに」 その証拠と言わんばかりに一護の顔は墨のせいで真っ黒だ。ついでに顔の墨が服にも付着して白い着物が台無しだ。向こうで一護の帰還を待っている砕蜂も同じような顔をしている。 一護も砕蜂も未だ統学院の学生だが、その身体能力は並外れたものがある。特に一護など、隊長格とまではいかないが並の死神などよりは余程強いだろう。 だが、相手が悪ければ、こうなることもあるのだ。 「まあ仕方がないっスよ、夜一サンですからねぇ」 ちらりと向こうを見る。そこには砕蜂と向かい合うように、片手に羽子板を持ちながら自然な体勢で立っている夜一がいた。もちろん顔に墨など欠片もついていない。 一護は同意するように頷いた。 「“瞬神”夜一だしな。しかも夜一さん、こっちが二人がかりなのをいいことに瞬歩使ってくるし」 「そうっスね」 浦原は笑いながら頷いた。確かに夜一も相当熱くなっているようだ。 実はこれは羽突きという名を借りた実践訓練で、普段は忙しい夜一がこれから自分達の片腕となる二人の実力を計っているのだということは特別言うことでもない。 「卑怯だよな、夜一さん。こんなところで瞬歩なんて使うなよ」 夜一が本気の瞬歩を使うということは、つまり一護と砕蜂の実力がそれだけ凄まじいということなのだが、それもまた言うべきことではない。 しかし二人がかりならば夜一に本気を出させる程の二人が、二人して未だ統学院の生徒なのだ。しかも卒業まではあと1年ある。二人とも始解に至ってはいないし至るにももう少し時間がかかる。卍解など遙か彼方のことだ。 それに一護は未だ、あの膨大な量の霊圧を制御することができていない。それを制御することができた時、きっと一護の力は完成する。これからまだまだ伸びる二人だ。数年後が楽しみになる。 …浦原としては一護には死神になってほしくはないのだが、一護本人がなると決めたことだ。浦原は素直に一護 「何をやっている一護! 早く羽根を持って来い!」 顔を真っ黒に染められた砕蜂が一護に怒鳴りつけた。どうやら少し時間を取りすぎてしまったらしい。 「ああ、分かった! そんじゃ喜助、羽根ありがとな」 言いつつも一護は羽根を片手に向こうに戻る。浦原は手を振ってそれを見送る。 浦原はこれからどうしようかと悩みつつ、結局は再び腰を下ろしてしばらく三人の戦いを見ることにした。 二人の元に戻った一護の手から羽根が舞って、最初だからか軽い音を立てて夜一の元へと動く。 だがそれすらも甘い球としてしか見ることのできない夜一が見逃すわけがない。天高く舞い上げられた羽根を、夜一は蝶のように舞いつつ天空から地獄に叩き落とすかの如く力の限り振り下ろす――――! やってくる剛速球。最初は戸惑って顔を墨だらけにさせていた二人だが今は既に慣れてそれに怯む二人ではなくなった。金剛石の原石が研磨されるかの如く、二人は徐々に夜一の動きに対応し裂帛するようになったのだ。 「砕蜂!」 「ああ!」 一護の位置からでは羽根の着地地点には遠すぎる。砕蜂に羽根を任せて一護は後ろで待機する。 重要なのは初撃だ。初撃でやられてしまっては話にならない。倒すことができるなら一撃必殺がいい。だから夜一も初撃に力を込める。一護も砕蜂も今までの経験でそれを理解していた。ならば、 「はあああああああッ!!」 それ以上の気迫を持って、砕く蜂を冠した少女が夜を冠した女王へと裂帛する――――! だが、それすらも受け止める者がいる。 気迫だけではどうにもならないと言わんばかりに、黒い影が上へと飛んできた羽根を受け止めて弾き返した。決して返せない場所へと、人間の足ならば届かない、不可能な場所へと打ったにも関わらず夜の女王はそれすらも軽々と返すのだ。 「瞬歩…」 それが瞬神夜一の名の由来。夜一が夜一たる名前。 「フン、まだまだ甘いようじゃな砕蜂」 その軽口が、絶望を叩き込むのを見た。 低空を水平に滑空する羽根を、瞬時にその場所に現れた夜一は破壊するかのように地面へと押しつぶす――――! だが、 「甘いのは貴方だ―――!」 砕蜂の姿が消える。残像を残して掻き消えた砕蜂に、夜一の表情が驚愕に塗り潰された。 そして、その体は今にも地面に触れそうな羽根との間に滑り込ませ、絶妙なタイミングで羽根を掬い上げる! しかしそれも夜一には届かない。地面に付きそうなそれを無理矢理拾い上げた故か、それは夜一の上空に放り上げられ、 「ここまでじゃな」 あまりにもたやすく、夜一の羽子板は振り下ろされた。 「ッくそッ!」 砕蜂の悔しげな声。彼女は膝をついて地面を見下ろしている。 夜一は未だ空中で勝ち誇ったかの如く笑みを浮かべていた。 そして羽根は当然のように重力に引かれ、地面に吸い込まれていき――――、 だが、何の為にその存在があったのか。 何の為に、『彼』は砕蜂に前衛を任したのか。 ――――ここに、絶対不落の真なる守り手がある。 「砕蜂に気をとられすぎだぜ、夜一さん」 太陽色の瞳が輝いた。その瞳が映すは、自身に急接近してくる羽根。 対象を瞳に捉える。大きく一歩を踏み込む。そして無心になる。 何も考えるな、考えては駄目だ。集中しろ、イメージしろ。自分が打って夜一の隣をすり抜ける、そのイメージ。それが全て現実となる! 「ああああああああッ!」 一護のかけ声。 太陽に夜が勝てぬという道理はないとばかりに叫んだ一護はそのまま大きく振りかぶり。 一護の元にやってきた羽根は、そのまま吸い込まれるかのように一護の羽子板にぶつかって――――、 「さて」 浦原は縁側から立ち上がった。 いい感じに白熱してきた頃だが、いや白熱してきたからこそ、そろそろ限界だ。 一護の腕にある、数珠の形をした霊圧抑制機に罅が入っている。 あまりにも白熱してしまった為だろう。霊圧は本人の感情に素直に作用される。本来なら抑えられている筈のそれが、この実戦も入っている羽突きで高ぶってもおかしくはない。 よく見れば一護の濃密で真白な霊圧が辺りに満ちてきている。白熱している夜一達は気づかないだろうが、徐々に徐々に増え続けているそれは、このままいけばこの庭全てを埋め尽くすことができるだろう。だがそれは成してはならないことだ。浦原も同じ轍を踏む気は毛頭ない。 浦原はふと縁側に目をやった。そこにはどうやら浦原の分の羽子板だ。やらないとは言ったものの、一応と一護が置いていった代物。 浦原はおもむろにそれを手に取って、三人の元に歩き出す。 「夜一さーん、アタシも混ぜてもらっていいっスかねえ?」 浦原も、その戦いの中に身を投じることを決意した。 ちなみに言うと、一護の霊圧抑制機は無事浦原の手によって交換され、一護は無事羽根突きを続けることが出来た。 それから浦原はといえば、当初は夜一のチームに入るのかと思いきや、実際には一護と砕蜂の方に入ったので夜一の方から抗議の声が炸裂。夜一が砕蜂を寄越せと言ったので、結局は夜一&砕蜂チームと浦原&一護チームが結成して羽根突きをすることになってしまったのだ。 それに加えて、最初は真っ当な羽根突きだったのだが、いつの間にか技を使うわ鬼道は使うわで普段の戦闘訓練と変わらなくなってしまったというオチもある。(ちなみに浦原&一護チームでは一護が前衛、浦原が後衛。夜一&砕蜂チームは前衛夜一、後衛砕蜂である。この辺り各人の趣味と性格が表れている) そしてその戦闘訓練のお陰で、四楓院家の庭はほとんど壊滅状態。尸魂界に虚が送り込まれたのかと勘違いされるほどの壮絶な荒れっぷりと、恐ろしいまでの殺気を持った霊圧が語りぐさになった。 後に、四楓院家の使用人は語る。 曰く、「あの四人が揃ったとき、身体を使った遊びすらさせてはならない」と――――。 提供先:宿花
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