呼び声
ver.pop'n music
[[ ヒュテト ]]


「テトラ」

 仕事を終えて家に帰ってきたオレは、真っ先にテトラのいる浴室へと向かった。

『…ヒュー、さん』

 未だ声を出すことが出来ない彼女が、水の張った浴槽の中でオレの脳を震わせて言葉を発した。
 赤い髪と赤い瞳の幼い少女の姿をした彼女はセイレーンだ。本来ならば人間の言葉を発することが出来ない生物だが、現在声帯をこじ開けて喉から声を発しようとユーリさんの元で特訓中であったりする。
 脳内に響いたテトラの言葉を聞いて、オレはほんの少しだけ落胆してしまった。毎日行って特訓を受けている筈のユーリ城、だが彼女が声を発することはなかった。

『………ごめんなさい』

 オレの気持ちが態度に出たのか、テトラはしゅんと申し訳なさそうに項垂れた。オレは慌てて謝る。

「いやこっちこそごめん! こういうのって個人差があるっていうし、テトラが気にしなくても」

 いい、と続けようとしたのだけれどオレの言葉にテトラはもっと申し訳なさそうに項垂れた。どうもオレの言葉がプレッシャーになってしまったようだ。どちらかというと、オレの態度全てがなのだろうけれど。
 それはオレの過失だ。確かにオレはテトラの肉声がいつ聞けるのかと楽しみに待っていたというのはある。だけどそれはオレの勝手な期待で、テトラに負担を掛けさせる物ではなかったはずだ。

『……ヒューさんは、私の声が聞きたいんですよね』

 幾分か落ち込んだ声で彼女は問う。

「そりゃあ、まあ…そうだけど」

 オレもまたそう素直に答えてしまった。それがテトラのプレッシャーになると分かっていても、そう考えているのは確かなことだからだ。

『………ごめんなさい、ヒューさん。私、ヒューさんの期待に応えられないかもしれません』

 期待されていたみたいですけど、ごめんなさい。彼女は小さく脳を揺らした。
 ごめんなさい、ごめんなさい。彼女は謝り続ける。心から、本当にごめんなさいと謝りながら。
 期待させてごめんなさい、だけどもう疲れてしまったから。だから少し休んでいいですか、諦めていいですか。
 彼女はオレにそう尋ねる。まるで許しを請うように。
 オレは答えた。

「いいよ」

 俯いていたテトラの視線が跳ね上がった。彼女の視線が今日初めてオレの視線をかち合う。
 オレは中腰に屈みながら、浴槽にいるテトラと視線を合わせる。


「オレが望んでいるのは、テトラと一緒にいることだ。声が聞きたいっていうのはその副産物。
 ―――だからテトラと一緒にいられればそれでいい」


 他のことは多くは望まない。それだけでいい。
 …本当はよくないけれど、多少のことは我慢すれば大丈夫だろう。それよりもテトラが泣く方が頂けない。
 だけど何故かは分からないけれど、オレの言ったその一言でテトラは突然涙をこぼし始めた。

「テトラ!?」

 驚いてテトラを見るけれど、彼女は泣きながら笑っていた。
 とても嬉しそうに、心から。
 彼女は泣きながら笑っていた。

『ありがとうございます…ヒューさん』

 頑張ります、私頑張りますから。彼女はそう言いながら泣いて、そして笑った。



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ヒュテト編。
「アクアリウムのセイレーン」直後のお話。
まだテトラが水がなければ生きていけない頃で、
声帯を上手く使いこなせなくて苛々していたとき。
ヒューはどちらでもいいと笑って、テトラはその優しさに泣くのです。