出会いと別れ。そして始まり。
ver.pop'n music


「うっわー、油断したっスー…」
 深い深い森の中、アッシュは一人彷徨っていた。


 深い深い森。陽光が差し込む木漏れ日の中、アッシュはとりあえず迷っていた。とことん迷っていた。
 ガサガサと背の高い草を掻き分けながら、アッシュは前へと前進していく。

 そもそも、こんなことになったのは理由がある。
 今日も今日とてアッシュはユーリ城で家事に勤しんでいた。ユーリ城における家事の分担はアッシュとリデルに分担されるので、それも当然のことだ。
 そして男性陣の洗濯物を取り込んでいる真っ最中、ちょうど竿から洗濯物を手に取った瞬間に風に攫われてしまったのだ。
 不幸にも幸いだったのは、それがユーリのでもスマイルのでもなくアッシュのだったということ。あの二人や女性陣の服だったら、アッシュが(男性陣の手によって)どうなっているか分からない。
 そしてそれを追いかけて探し回って、今に至るということだ。

「えーと、ここどこっスかねえ?」

 アッシュは自前の鼻をならして、辺りに何か手がかりになるようなものはないか探す。しかし辺りの緑の匂いが濃すぎて、今までやってきた方向すら分からなくなってしまった。

「…えーと」

 こういう場合にはどうすればいいのだったか。ユーリに救難信号くらいでも出せばどうにかしてくれるとは思うが、こっちに来ることができたのだから帰ることも可能だろう。多分大丈夫だ。アッシュは全く当てにならない直感で判断し、とりあえず前進することにした。


 前に進み続けてどれだけの時間が経っただろうか。そろそろ1時間は経っていると思う。だが辺りの風景はまるで変わっていない。狼男なのだから体力的には何の問題もないが、これは精神的に堪える。
 アッシュは辺りを見回しながら気付いた。そういえばこういう森には大抵精霊か主がいて、彼らは外敵から身を守るために見知らぬ人間を困惑させるのだ。

 だがそれに気付いても、アッシュにはそれ以上する術はない。アッシュは狼男なので、不死者であるリデルのように術で帰ることは出来ない。スマイルもユーリも迷うことはないし、かごめは迷ったとしてもすぐにユーリを呼び出している。
 何も為すべき事が思い付かなかったアッシュだが、一か八かで大声を出した。

「すいませんっスー! ユーリの…領主んトコへの方向ってどっちっスかねー!!」

 すると、その言葉とほぼ同時にアッシュの視界が突然緑に覆い尽くされた。
 正真正銘緑に、いや視界が新緑色の葉で侵されたのだ。

 そしてその葉が消えたとき、何時の間に立っていたのか。アッシュの正面に、黄金の髪にこの森をそのまま映したかのような新緑の瞳。黄金の髪によく映える白い花冠の、白いワンピースの少女が裸足で立っていた。
 少女はアッシュにふわりと笑いかけた。アッシュは自分とは大分身長差がある少女を見下ろした。

「あっちよ」
「…へ?」

 少女が指さす。アッシュから見て西の方面に当たる方向だ。

「だから、あっち。領主の城を目指しているんでしょう?」
「え、ああ。そうっス」
「ならあっちよ。ここは領主の城への通り道だから、偶に道を聞いてくる人がいるの。貴方もその一人ね」

 少女は胸の前で両手を組み、朗らかに笑いながらそう言った。
 アッシュは思わず苦笑いを浮かべてしまった。自分があの城から外に出て迷ってしまったと言えば、彼女はどういう反応をするのだろうか。とりあえず今は黙っているけれど。

「あ、そうだ。これさっき飛んできたんだけど、貴方の落とし物?」

 少女が何かを差し出す。それはさっきアッシュが風に飛ばした、真っ白いシーツだった。
 アッシュはそれを受け取って頷いた。

「そうっス! これっス! ありがとうございます! あー、見つからなかったらどうしようかと思ったっスよ」

 酷く喜ぶアッシュに、少女もつられたように笑った。

「それじゃ、今日はこれでお別れね。早く領主の元に行った方がいいわよ。ここの領主はいい人だから、すぐに陳情行列が出来てしまうの。今ならまだ早いわ」
「あー…、そうっスね」

 別に陳情に来たわけではないのだが、領主を訪ねにやって来たと言うことはそういうことになってしまうらしい。特別訂正することもなく、アッシュは少女の想像のままにさせておいた。迷子になったなんて恥ずかしいではないか。

「それじゃ、これでお別れっスね」
「ええ、領主の城にはここから真っ直ぐ行けばいいから。後は勝手に領主がしてくれるはずよ」
「了解っス。…あー、」

 そう言ってアッシュは少女に背を向けて立ち去ろうとするが、どうも足が進まない。そこで振り返った。

「あの、また来てもいいっスか?」
「え?」
「道を教えて貰ったお礼っス。お菓子でも持ってきますんで、食べたいものがあったらどうぞ」

 今度は少女が呆ける番だ。少女は新緑色の瞳を丸くさせて、呆けたようにアッシュを見ていた。

「…迷惑っスか?」
「え、ううん! そんなことないの!
 食べ物とかは別に良いんだけど…。それじゃあ待ってるわね。楽しみにしてるから!」
「はいっス!」

 そして、アッシュは少女に背を向けて歩き出す。少女は手を振って見送る。
 二人は、小さな約束をした。


 そして帰ってきてからアッシュが、結局あの少女は一体何者だったのかということに悩み出すのは、これまたお約束なお話。