お疲れ様でした。
ver.BLEACH


 …酷く、疲れたと思った。どうしてこんなに疲れたのかは分からないけど、ただ疲れたと。
 それはここのところ立て続けに出現している虚のせいかもしれないし、学校生活のせいなのかもしれないし、人間関係なのかもしれなかった。
 だがどれが原因なのか、一護にはさっぱりだ。どれか一つでもあるし、すべてでもある無限の可能性。それを特定することなど今の疲れ切っている一護には不可能なことだった。
 ため息をつく。今日は本当に、どうしようもないほどに疲れている。明日が休みだったからいいものを、平日だったらどうなっていたことやら。
 一護はベッドに突っ伏した。どうしようもないほどの疲労感。きっと体だけの疲れではないのだろう。一日で癒せるかも分からない。

「あー…疲れた……」

 たった一人だけの空間で、一護は一言呟きを漏らす。空中に容易く霧散したそれは、欠片も残さず消え去って。

「おや、お疲れのようっスね。黒崎サン」

 この怪しいゲタ帽子の声として再構成されてしまった。
 一護は特別驚きもせずに、突然部屋に入ってきた浦原を非常に胡散臭げに。だがそれ以上に気怠げに見て声を漏らす。視線を向けることはなかった。

「…どっから入ってきた、ゲタ帽子」
「そりゃ企業秘密っスよ」

 そうやってはぐらかされるであろうことを知っていたから、一護も特別何も聞かない。こうやって言うのもほとんど形式のような物に成り下がっている。だがそれ以上に一護は疲れていて、何もやる気が起きないのだ。

「今日は疲れてるから、帰れ。お前の相手なんてできねーぞ」

 右手でしっしっと犬か何かを追い払うような仕草を見せる。そのあまりの疲れ切った様子に浦原も苦笑を漏らした。

「こりゃ相当疲れてますね。ま、いいっスよ。今日はアタシも君に無理をさせに来たわけじゃない」
「…じゃあ、何しに来たんだ?」

 珍しいと思った。この男に会ったときは、男は大抵何かしら問題を抱えていて、それを一護がどうにかするのが常だったのに。
 一護はベッドから顔を上げて、ようやく浦原を見る。月色の瞳が一護を捉えた。

「………」
「黒崎サン?」

 一護が顔を上げて浦原を見るなりに止まってしまったことを心配してか、浦原は一護に声をかける。一護といえば、目を見開いたまま浦原を見ていた。

 目の前にいるのは、ただの怪しいゲタ帽子。羽織に下駄に目深に被った緑と白の帽子という、いつも通りの怪しい出で立ち。
 …だが、それを見たら、どうしてか。

 ――――疲れなど吹き飛んでしまったのだ。

 思わず頬が紅潮する。一護はもう一度ベッドに突っ伏して浦原から視線を避ける。浦原は突然のことに事態が飲み込めていない。煙に巻くなら今だ。

「…悪い、ほんとに帰れ。今すぐ寝そうなんだよ」
「……ま、いいっしょ。どうしてかは分からないけど元気になったようですし、アタシの出る幕でもなさそうですしね」

 浦原はため息をついてそう言った。一護は悪いと思いながらもそれを止めることはしなかった。

「…そういえば、アンタ何でここに来たんだ?」

 今にも帰りそうな気配を見せた浦原に、一護は声をかける。

「いえ? 特に何も。ただ、君の霊圧が疲れてましたから、ちょっとね」

 心配だったので見に来てみましたよ。浦原はそう言う。
 一護は思わず顔を上げた。すると、浦原はもういないのだ。

「…相変わらず、唐突な奴だよな」

 呟きは再び風に融ける。この空間に浦原がいた気配などどこにもない。
 だが、一護の疲れはもう一護を蝕まない。これこそが浦原がいた証。
 明日からも、この日々を生き抜いていけそうだった。