「馬ー鹿」 私は佐助を見下ろしながら言ってやった。 「というか無様って言った方がいいわね、この状態じゃ。 で? どう? 負けた感想は」 目の前にあるのは傷だらけの体。満身創痍の具現。 赤茶けた色の髪を持つ、迷彩の忍。 いつだって強くて、いつだって飄々としてて。 だからこんな風に床に寝転がって動けない、なんていうのは少し可笑しかった。 「…御館様と、旦那は?」 今までこちらに視線を合わせたまま何も言わなかった佐助が口を開く。 というか、開口一番がそれか。仕事熱心だコト。 「逃げたわよ。今は武田の所縁の地で体制を整えてるトコ」 「じゃあ何でそっちに行かなかった?」 普段の飄々とした声ではなく、冷徹な忍としての声。 真田忍隊隊長、猿飛佐助としての声。 私はため息までついてやって答えてやる。 「仕方がないでしょ、御館様と幸村様直々の命令なんだから。 ――――お前に着いてやれって、回復するまでその場を離れるなって」 佐助が傷を負ったあの時、私は忍として佐助を捨てていきましょうと提案した。ただでさえ敗走の身、兵ならば捨て置けませんが忍の一人や二人捨てて行けと。 それは忍としても武将としても正しい選択だっただろう。その時意識があれば佐助もそう言っていただろう台詞だ。 だがそれを彼らは真っ向から否定した。 そして武田――――『真田忍隊』ではなく純粋に『武田』に仕える忍である己に、二人は命を下したのだ。 負傷した猿飛佐助を守れ、と。 そして己はその命を受けて今ここにいるのだ。 「…馬鹿な人たちだねぇ」 床の上で佐助が笑う。 「そんなのいつものことでしょう」 こちらも笑みを含んで返す。 酷く人間くさい人たちだ。大切な物を見捨ててはおけない人たちだ。 忍としても武将としても生物としても決して正しいとは言えない選択。だが人間としてはこれ以上なく正しい選択。 馬鹿な人たちだと思った。あの時の己は静かにそう思ったのだ。 「何で俺を捨てていかなかった?」 佐助がもう一度問う。 「言ったでしょう、私は命令を守る忍。ならば下された命は守るが道理でしょう」 もう一度、同じ答えを返す。 ならばこの口元に浮かぶ笑みは何なのか。 馬鹿な人たちだと思ったのだ。それは今でもそう思っている。 なんて馬鹿で純粋で人間として正しい人たちなのだと。忍の己が忘れてしまった物をたくさん持っている人たちだと。 忍としての己は、それが酷く愚かだと思った。 「?」 だけど今はそれがとても嬉しい。 「佐助」 佐助の視線が真っ直ぐに己を捉えた。 「目を覚ましてくれてありがとう。お前が生きていてくれて、私はとても嬉しい」 人間としての己は静かにそう答えた。 その言葉を聞いて、佐助は静かに笑った。 目覚めた後はごめんなさい
|