Ex1 : children's day 長い長い黄金週間の最後の日、今日は久々にぐうたらしてみようかなと思って私はベッドの中で小さく丸まっていた。 私の部屋の中は今は荒れ放題荒れている。完成した作品と、そこらに転がっているパステルと鉛筆とスケッチブックとかその他色々。まあ昨日まで絵を描いていて、完成したと同時に力尽きてしまったのだから仕方ないのだけれど。 一枚描き上げると同時に、私は一日だけ自分にお休みをあげることにしている。描くこととは全く関係がなく、ただのんびりと過ごす日。すぐに描きたくなってしまう私だけど、そうしないと壊れてしまうのに気づいたのは少し前だ。 だから今日はお休みだと思って、このままマザーの言うことも聞かずに布団の中で丸まってるのだろうなあと思っていたのだけれど。 ぴぴぴ、と目覚まし時計にも似た小さな音が布団の外側から聞こえた。おかしいな、と思う。普段はこんな時間に目覚ましなんて鳴らないのに。というか私の目覚まし時計はこんな音はしない。 「……じゃあ何……?」 そこでようやく布団から顔を出して、ベッド脇にある目覚まし時計を見る。時刻は朝の10時半。本来なら学校を遅刻になっている時間だけど、今日は休みだから大丈夫。 「…これじゃない」 目覚まし時計からは何の音もしない。スイッチを押しても何の変化もなかった。じゃあ何だろう、何から音がしているんだろう。 目覚まし時計の辺りを手で水平移動させてみる。そうすると振動する何かを見つけた。 「なに、これ…」 私が掴んだそれはぴぴぴ、という音と同時にぶるぶると震えていて何だか必死に自分をアピールして居るみたいだ。自分を知ってほしくて気を引いている子どもみたい。 ぴぴぴ、ぴぴぴ。鳴り続ける電子音。ぶるぶる、ぶるぶる。震え続ける鉄の塊。それでようやく私の頭は覚醒する。 「けーたいでんわ…」 今まで持ったことがないことに加えて、この電話が鳴ることがないから存在を忘れきっていた。そういえば確かこれで目覚ましの機能もあるとかどうとか雲雀くんが教えてくれたけど、使い方までは教えてくれなかったからよく分からない。 とりあえず電話が鳴ってるみたいだから、まだ少し寝ぼけたままで電話に出た。誰からの電話かなんて見てなかった。 「はい…」 『遅いよ』 その声を聞いた瞬間に、あまりの驚きに目が覚めてしまった。 「ひ、雲雀くん!?」 『僕からの電話はすぐに取るように言ったでしょ』 「う、うん…ごめんなさい、今まで寝てて……」 『言い訳はいいよ。それで、絵は仕上がったの』 「あ、うん。ちゃんと出来たよ」 ピシャリと言い切られてしまったけれど、別に雲雀くんは私を責めたいわけではないみたいだ。とりあえず頷くと電話の向こうから「ふぅん」という声が聞こえてきた。 『じゃあ学校に来なよ』 「学校?」 どうして学校なのだろう。今日は学校はお休みなのだし、わざわざ学校じゃなくてもいいような気がするのだけど。 『僕の言うことが聞けないの』 「ううん、行くよ。でも今部屋が散らかってるから、少し遅れるけどいいかな?」 『…三十分だよ』 「うん、ありがとう」 雲雀くんから電話を切って、携帯電話からはぷーぷーという電子音が流れている。私も終了ボタンを押して、それからようやく布団の中から抜け出して窓を開けた。今日も天気がよくて風が気持ちいい。 雲雀くんから貰った三十分の猶予。雲雀くんがこれだけの時間をくれるのは破格の待遇だっていうことが分かっている。雲雀くんの為に頑張らなくてはならない。 だけど。 「…三十分は少し短かったかも」 昨日はシャワーも浴びてないからまずお風呂に入って、それから足の踏み場もないこの部屋を片付けて、それからご飯を食べてとやることは山積みだ。 あはは、と私は乾いた笑みを浮かべた。 *** それからお風呂に入って部屋も粗方片付いてきたかなと思う頃、私はふと背後に気配を感じた。扉は閉まっているから、こんな部屋の入り方をするのは一人しかいない。 「やあ」 振り返ると、そこにはついさっき開けた窓枠に座り込んでいる雲雀くんがいた。私は慌てて時間を確認する。だけどまだ三十分経っていなかった。 「おはよう、雲雀くん。まだ三十分経ってないよね?」 「待つのに飽きた。迎えに来たよ、」 「…相変わらずだね、雲雀くん」 相変わらず子どものような理論を当たり前のように振りかざす人だ。でも、私はそんなこの人のことが結構好きなのだけど。 まあ丁度粗方掃除も終わった頃だから、雲雀くんと一緒に行っても大丈夫なはず。 「準備は出来てる?」 「うん、大丈夫」 きちんと学生証も持っているし、制服はきっちり着込んでいる。寝癖も直したし、雲雀くんにも突っ込まれないくらいの完璧さを目指してみました。 「顔、青色付いてるよ」 「え!?」 「冗談だよ」 ……そうやって綺麗に笑うのだからこの人はタチが悪いと思う。 ついでに私をからかって遊ぶのもとてもタチが悪いけれど、それ以上にそこで笑うのはとても心臓に悪い。王様はとても綺麗な人で、ついでにそんな王様の笑みなんて滅多に見られないのだから。 「………雲雀くんは反則だね、色々と」 「僕からしてみれば君の方が余程だけど」 私の呟きにそう返した雲雀くんは、それじゃあ僕は下で待ってるからとさっさと窓から降りてしまった。恐らくはそこに雲雀くんのバイクがあるのだろう。 私は今日の日付を確認して、それから仕上がったばかりの絵とスケッチブックを持って雲雀くんの元に急いだ。 *** それからいつものように雲雀くんに送ってもらって、いつものように応接室に通された。雲雀くんが私を呼び出すときは大抵応接室に呼ぶから慣れてしまった。 「それで雲雀くん、何で私を呼んだの?」 応接室のソファに腰掛けて、相変わらず書類を捌いている雲雀くんに尋ねる。この応接室のソファも落ち着くけれど、どうも私には旧美術室のソファの方が落ち着いてしまう。むしろこちらの方が金額的には高いだろうに、だけどこれも仕方がないことなのだろう。慣れなのだから。 「いいお菓子貰ったからあげようと思って。和菓子は嫌いかい?」 「ううん、和菓子でも洋菓子でも甘い物は好きだよ」 言いながら、雲雀くんは和菓子に合うほうじ茶を入れてくれる。次いで出てくる緑の葉っぱに包まれた柏餅。 お茶を熱い内に堪能して、それからすぐに柏餅を頂いた。今まで何も食べていなかったお腹がようやく満たされる。…しかし相変わらず雲雀くんの出してくるお菓子もお茶も美味しい。何処で買ってるんだろう、これ。でもとっても高いんだろうな、こういうのは。 まじまじと実感していると雲雀くんは本当にそれだけを勧めたかったみたいで、私が食べ始めるのを見るとすぐに机に戻って仕事を始めてしまった。 この人は本当に今日が何の日なのか分からないのだろうか。そうやっていつも通りに過ごしている姿を見ると本当にそう思ってしまう。 雲雀くんは色々と忘れているけれど、何も自分の誕生日まで忘れなくてもいいと思うのに。そう思うけれど雲雀くんはきっと忘れているのだろう。 「雲雀くん、今日は何の日?」 「こどもの日だけど、何」 ほら、こんな答えしか返ってこない。だから私はほんの少し雲雀くんが嫌いだ。 「雲雀くんの馬鹿ー…」 「咬み殺されたいの、君」 「残念ながら全く」 「だったら黙ってなよ」 うんと頷くけど結局納得がいかなくて睨み付けてしまう。でも雲雀くんは私の睨みなんか気づいていないとばかりに動じない。それが少しだけ苛々する。 柏餅を一つ食べ終える。まだまだ大量に残っていたが、こんな苛々とした気分で食べるのも美味しい物に悪いから立ち上がる。 「」 雲雀くんにも悪いとは思っているけど、何となく気分が悪いし。雲雀くんにも自分を大事にして欲しいから。 雲雀くんの方を向く。雲雀くんは相変わらずこちらを見ずに何かを書いていた。 「今日は君、僕が帰るまでそこにいるように」 「…どうして?」 雲雀くんはとても子どものような人だけれど、理由もなくこういう事をする人じゃない。………まあ、その理由が雲雀くんの気分で決まったりするから安心は出来ないんだけど。 「5月5日だから」 「……へ?」 「こどもの日だから」 「うん」 「理由はそれだけ」 「…うん」 頷きを返して、私は雲雀くんを見た。雲雀くんに変わった様子はない。普段通りのままだ。 言われた言葉はそれだけだったけど、理由はそれだけで十分な気がした。 「……」 雲雀くんは今日が何の日か言わない。言ってもこどもの日と言うばかり。だけれど。 持って来た絵とスケッチブックを見直した。昨日描き上げた作品達。別に今は作品を出すようなコンクールもないけれど描いてしまった品々。 ちらりと雲雀くんを見る。雲雀くんは口には出さないけれど、私の絵が結構好きだったりするのだ。 「ね、雲雀くん」 雲雀くんがこちらに視線を向ける。私は持って来た絵を見せて、雲雀くんの元に持って行った。 「お誕生日、おめでとう」 同時に絵を差し出す。雲雀くんは特別面食らうこともなくそれを受け取った。 「ありがとう」 雲雀くんはそう言っただけだったけど、私はそれだけで十分だった。 雲雀くんにとっては誕生日はあまり価値がないのかもしれない。今の雲雀くんの態度を見て思う。だけどこんな日だからこそ、雲雀くんが望んだことを叶えてあげようと思って私はソファに座り直した。 ***
ヒバリさんは騒がしいのと群れているのが嫌いなので学校で静かにお誕生日。 一応ヒバリさんは自分の誕生日を覚えています。 ちなみにこの絵はヒバリさんの手によってきちんと額縁に飾られて保管されます。 |