王様と召使い

[ 1 / Breakfast ]

 目を覚ますとそこにはライダースーツ姿の王様がいた。
 金髪赤目。髪型は下ろしたり上げたりと気まぐれで本日は下ろしている。性格も髪型から分かるように気まぐれで非常に不遜なこの人の名前はギルガメッシュというけれど、私はこの人のことを個人的に王様と呼んでいる。
 そんな王様が、私の寝起きを狙い澄ましたかのように私を至近距離で覗き込んでいた。
「…おはようございます、王様。本日もご機嫌麗しく存じます」
「腹が減ったぞ、飯を作れ」
 相変わらずの反応だなあと思いながら、私はわかりましたと多少寝ぼけながら立ち上がった。勿論王様にしてもタイミングなんて慣れているので頭がぶつかるなんて事はない。
「今日は洋食がいいですか? 和食がいいですか?」
「中華以外ならなんでもよい。それよりも美味い物を作れ」
「また神父様に付き合わされたんですね…。それじゃあ今朝は少し軽めの洋食でも作りますね」
 屋根裏にある私の部屋から階段を下り、階下に抜けて台所に向かう。向こうから聞こえる賛美歌からするに、今は朝8時の礼拝の最中のようだ。寝間着のままだと見られたりなんかしたら恥ずかしいし少し不便だけど、王様直々のご命令なのでご機嫌を損ねないうちにやってしまわないと後が怖い。ということで教会の方から見えないようにささっと台所に移動する。王様も勿論私の後ろをついてくる。
 しかし昨日は中華だったのか。神父様の泰山の麻婆好きにも困ったものだ。あれを食べると胃が弱い私は数日は軽い物しか食べれなくなってしまう。それを分かってから神父様も私を泰山に連れて行くことはしなくなったけれども、あれは中々の地獄だ。そしてその代わりと言ってはなんだけれども健康な王様が神父様に付き合わされるのだ。誠に申し訳ありません。
 とするとアジア系じゃなくて洋食がいいと思うから、食パンを数枚焼いてバターとイチゴやオレンジ、リンゴなどの複数種類のジャムとレモンカードを用意してサラダを適当に作って目玉焼きを二つ。ベーコンとソーセージをカリカリに焼いて、確か昨日晩御飯に使ったキノコがあったからそれを炒めたらおかずは十分だ。それから果物を切ってデザートにしよう。
 あとはポットで紅茶を用意して、今朝は英国風ブレックファーストだ。本当は紅茶は出さないのだけれど、まあ王様は朝はコーヒーを飲まれる方だからコーヒーの代わりということで。
「では王様、用意しますから少し時間をもらってもいいですか」
「構わん。早く作れよ」
「はい、それではダイニングでお待ちください」
「うむ」
 軽くうなずくと王様はダイニングへと向かった。あまり料理などに興味がないのだろう。
 ということで王様をおっぱらった私は寝間着の上にエプロンを羽織り、早速朝食の準備に取りかかった。
 まずは新鮮な水をケトルにいれてコンロにかける。お湯が沸騰するのは少し時間がかかるから一番最初だ。その間に卵を4つ用意して順に焼いていく。味付けは私の分は塩胡椒、王様の分はとりあえず塩で薄めに味付け。王様は気分屋なのでその日によって目玉焼きの味付けを変えるからこんなものでいいだろう。塩胡椒が食べたい時は私のと変えればいいことだし。
 卵を焼いている間に冷蔵庫からレタスやプチトマトなどの野菜を取り出してざくざくと手でちぎりながらざるを通してさっと水洗い。その間に卵が焼けたので目玉焼きを二つに切って皿に盛りつけてこちらは完成。ついについさっき水洗いした野菜を適当ながら多少気を使って綺麗に大きなボウルに盛りつける。ドレッシングはごまだれ、青じそ、ビネガーなどなど私の趣味で大量に。こちらも完成。
 デザートは後でいいとして、そろそろベーコンでも焼こうかなと考えているとお湯が沸いた。紅茶のポットを二つ用意して、カップとソーサーも二つずつ。ちなみに本日のお茶道具一式は私の趣味でウエッジウッドのユーランダーパウダーブルーとパウダーレッドだ。王様からのプレゼントの品なのでありがたく使わせて貰うとして、とりあえず今は全部をお湯を入れて暖めておいて入れる直前にお湯を入れ直すとしよう。
 さてそれではベーコンとソーセージを炒めよう。先に肉類であるその二つをカリカリに焼いておいて、残った油で昨日のキノコを炒める。今日は英国風と決めたのに味は醤油というわけにはいかないし、どう足掻いても店でもなければ塩じゃなければ無理だ。その代わり別の小皿にケチャップやマヨネーズを出しておこう。もうちょっと調味料があれば頑張れるのだけれどそれはそれ。
 しかしこうやってイギリスの食事のモットーである「レストランでも足りなければ塩を振れ」が出来たのだと思うと少し不思議だ。あの国の料理は食材に対する侮辱しかないから逆に隣の国の料理が発達したんだろうなとも思ってみる。お互い支配したりされたりという関係だから、料理人はフランス人だからイギリス人が考える必要がないというか。
 そして後は食パンをフライパンを使ってこんがりと焼いたら完成だ。王様は二枚で私は一枚。食べたりなければ王様は要求してくるだろうし、それにあの人は町の子供たちと遊ぶ予定もある。そこで一緒に駄菓子を食べるかもしれない。少し余裕がある程度でいいのだ。
 では先に紅茶を出そう。ポットとカップのお湯を捨ててアッサム茶葉をきっかり三杯分入れ、再びポットにお湯を入れ直してティーコジーを被せる。銀のトレイの上にコジーを被せたポットとカップとミルクと茶こし、それからティースプーンを乗せて先に王様の元に出しておく。まだ半分も落ちていない3分用の砂時計も一緒に出しておいたので、すぐにいれるということはないだろう。
 ということで王様をまだ待たせておいて、デザートのリンゴなどのフルーツを冷蔵庫から取り出してそれなりの大きさに切って小山に盛っていく。個人的にはこれにヨーグルトをかけたいのだけど、王様がどういうかは分からないのでヨーグルトを別の皿に盛っておいた。とりあえずこれで大丈夫だ。
 ちらりと王様を見れば、王様はきっかり3分待って紅茶を淹れる。その間に私はできた朝食を銀トレイにに乗せて順にテーブルに運んで朝食の準備は完了だ。
「支度は終わりました。この程度でよろしいでしょうか、王様」
「うむ、変わりなく粗食だな」
「目指したのは英国風ブレックファーストです。昨晩の中華で荒れた胃を慰めるにはちょうどいいと思うのですが、どうでしょうか」
「悪くない」
 言うや否や王様は食事を開始する。そもそも気に入らなかったら見ただけで席を立つような人だ。だから私は何とか王様にご飯を食べてもらおうと頑張ったのでその辺りは一応自分でもそれなりに自信がある。
 そもそも私が幼い頃あの大火災でこの教会にやってきてから食事の用意は変わらず私がしている。王様は自分で作ることをしないし、神父様の味覚は私には辛すぎたので結局は自分で作るしかなかったというのが本音だ。なので料理が上手くなるのも当然といえば当然だった。
 だけどこうやって王様が私のご飯を食べてくれるのはとても嬉しい。初めの頃は「なんだこの豚の飯は」とか言われて泣きそうになっていた私だけど、王様の言葉は全て真実で食べれるようになってからは少しずつ私の料理の足りない点を言ってくれた。
 王様が傍にいてくれてとても嬉しい。
 本当の家族を失った私に新しくできた家族であるこの人はとても謎だけど、それでも変わらず私の傍にいてくれる人だ。
 私はこの人をとても好きだと思う。愛しているとも思う。
 だけどそれを告げることはないだろう。この人は私の手の届く人ではない。それに私が初めて会った時からこの人には思い人がいる。
 だから傍にいてくれるだけで満足だ。
 愛を告げることができないのなら、せめて召使いとして役に立たせてくださいと心から願い、私はエプロンを外して朝食の席に着いた。
「おい、マーマレードはあるか?」
「あ、はい。こちらです」
 私の手前にあるマーマレードの小瓶を手にとって蓋を開けて渡そうとする。が、どうにも私の力では開かない。王様の手を煩わせるのは忍びないので、一人の時はいつもやっている瓶の蓋をお湯で暖める方法をとろうと立ち上がろうとすると「貸せ」と王様が手を出す。私はその手に小瓶を手渡す。
 すると王様は見事に瓶の蓋を開けてマーマレードをトーストに塗った。男の人がすごいなあと思うのはこういう時だ。その力の強さには少し憧れる。
 男の人はすごい。だけど王様はもっとすごい。惚れ直してしまいそうだ。
 そう考えていると、王様が片手にトーストを持ったままじっとこちらを見ていることに気づいた。
 真っ直ぐな目だ。その目を見て、ああ今私は考えを読まれたのだなと思った。
「召使いが分不相応な考えは慎めよ」
「はい」
 それは分かっている。自分は召使いなのだから王様に何かをしようとは思っていない。ただずっとひたすらに、この恋情に耐えようと思っているだけだ。幸いなのはこの恋情が家族愛も混ざっているから、ただの家族愛として接すれば少しは楽になるのだけど。
 だけど王様は続けた。
「だがまあ、悪くはない」
 その言葉の意味を私は知っている。
「……はい。ありがとうございます、王様」
 私にこの感情を持つことを許してくれた王様に感謝を。
 その優しさに泣きそうになりながら、私はトーストにバターを塗った。