Noble Wish
1st


【 8 】

「激しい運動はするなと言わなかったか?」
 アッシュがリデルに一本ずつ丁寧に包帯を巻いている姿を見ながら、ユーリは冷ややかな視線をリデルに向けた。
「わたくしは言われていませんが」
「リデルではない。そこの阿呆だ」
 どうやら、見ただけで体内気温が絶対零度まで下がるその視線は、リデル本人ではなくリデルの後ろで立っているスマイルに向けられたものらしい。リデルは胸を下ろした。
 その冷たい視線と、リデルにまかれ続けている白い包帯を見るのに耐えきれなくなったのか、スマイルは瞼を下ろして謝った。
「うー、ごめんねリデル」
「別に構わないわ、抵抗しなかったのは私なのだから」
 さらりとそう言い切って、リデルは己の指に巻かれ続けている包帯をぼんやりと眺めていた。
 つまり、リデルの体は数日前に出来上がったばかりであり、未だ激しい運動はできないようになっているらしいのだ。やった場合は言わずもがな、今回のリデルのように肉が一気に剥がれ落ちるという可能性もある。
 それに対する対処法は一つしかない。つまり、また棺の中で眠ればいいのだ。但し、今回は肉体のとある一部分を複製させればいいのでそんなに時間はかからないらしい。
 リデルはユーリに絶対零度の視線を受け続けているスマイルを見た。
「スマイル、今日の夜にでも戻ろうと思うわ」
「…早いねぇ」
「善は急げと言う言葉もあるわ」
「…そっか」
 会話が続かない。どちらも振り返らずに話し合い、そして沈黙が落ちた。左手は相変わらず包帯が巻かれ続けており、ユーリの絶対零度の視線も変わらない。
「だから、寝ずの番と私の部屋の整理、頼んだわね。…それと、私が仕事を始めたら、そのボロボロのコートではなくて新しいコートを新調するから」
「…うん、ありがとう」
 奇しくも、その時のスマイルの言葉は最初のコートをプレゼントされたときの台詞と全くの同一だった。

【 0 】

 そして月夜に月を見る。星を見る。
 墓と亡霊の群の中で、たった一人だけ長身隻眼の青い男。
 罰当たりなことにその墓に腰掛けて、優雅に夜空を見ていた。
 土の下からは何とも言えない奇妙な音。
 そして、その男の足下から一本の白い腕が――――

「やぁ、久しぶり」

 約束は、続いている。

End