Noble Wish


「あれはわたくしの光です」
 ぽつりと、微かな声で呟いた。

「人は光がなければ生きていくことができない。だから以前のわたくしは、スマイルを遠ざけようとしていました」
 死ぬ間際になって、出会った光。希望。人として捨ててしまったものを、すべて取り戻そうと躍起になった愚か者。だからこそ、だからこそリデルの光であり続けた者。だからこそ、リデルが捨てようと躍起になった光。

「ですが、この身は人ならざる者となりましたが、生きている。生きているのです、ユーリ。わたくしはわたくしが死んだとしても、アレには生きていてほしいと願う。アレが生きていないとわたくしは生きることができないのです」

 リデルはきっと、スマイルが生きていないと生きることができない。そして同時に死ぬこともできないだろう。生まれたときからすべてを諦めていたリデルが、唯一最後まで執着したもの。最後だから執着したもの。生きることへの執着を投げ捨てていたリデルが、最後の最後で思い出してしまった、引き出させてしまった、希望。
 だからリデルは、スマイルがいないと生きてはいけれない。それを重々承知している。
 故に、

「――――取り返してきます」
 それが、リデルの意志だった。

 リデルはスマイルを取り返す。決して死なせない、生きたままこの城へ戻ってくる。それがリデルの誓いだ。それがリデルの意志だ。待っているだけなど性に合わない。リデルは、スマイルを取り返す。
 リデルは踵を返し、ユーリに背を向ける。そこに降り懸かる声が一つ。

「リデル・オルブライト」
 振り返ることはなかった。ただ立ち止まる。

「…スマイルを、頼んだ」
 それは、まるでスマイルを死地に向かわせたとは思えないほどの、優しさと慈愛を持った友人としての声。それでリデルも気づいた。やはりユーリは真っ当な人間で、だけどそれ故に。

「貴方はやはり王なのですね、ユーリ」
「吸血王と、そう呼んだのは貴様だぞ、リデル」
「ええ、わかっております。…貴方は王としか生きられぬのですね」
「それこそ当然のことだ。スマイルも理解している」
「そうでしょうとも。ですが、わたくしはただ待っていることなどできない」
「だから、頼むと言っているだろう。私は領主であるが故に、あれを止めることはできない。リデル、お前がどうにかしろ」
 リデルはようやく振り返る。それから同じくこちらを向こうとしないユーリに向かって、リデルは優雅に礼をする。

「命を承りました、吸血王。リデル・オルブライトはその任を遂行するために命を懸けましょう」
 それはリデルの、掛け値なしの本気だった。

 背を向ける。吸血王にせめての別れを、心優しき狼男には微笑を。不死者は笑顔の名を冠した透明人間を迎えに行く。


 そして、戦地へ。


 リデルはスマイルを迎えに行く。