the fools
1.5/death and twinklestar/after その後のこばなし 「いや、アンタ馬鹿だろ。マジで」 「お前には言われたくない。」 巨大な上質の樫の机と、またそれと同じく上質な椅子。回りを取り囲むのは様々な書物がびっしりと隙間なく詰まった本棚達。その中に、白銀の少女と黒の男が一人ずつ。二人とも椅子には座らずに上質な絨毯の上に佇んでいる。 その中の一人、唯は多大なる出血のせいか、血の気が失せた頬を見せながら自身の鎌でなんとか体勢を保っていた。 「ったく、アンタが馬鹿だっていうことはアンタの友人連中は誰だって知ってるだろーが。何で今更俺に言われんのは嫌なんだ?」 そしてもう一人の黒の男、鴉は、ほらと言いつつ唯に手を貸し、片手でその肩を支えてそのまま椅子に座らせた。 今にも倒れてしまいそうな青白い肌、その表情。唯が黙ってノワールに切られた証。何故唯があの様にノワールを挑発した理由を、鴉は知っている。 「アンタ、本気でアイツのこと好きなんだな。」 「勿論だ、そうでなければ名前なんて教えない。」 ずるずると体を椅子にもたらせ、唯は苦しそうに息を吐いた。出血はあまりにも多く、傷はあまりにも深い。それは神殺しの名にふさわしい実力だ。一見元通りになった手首も、結局流れた血はそのままで、いつ回復するかはしれない。 「アンタは身内には甘いからなぁ…。だからといってあの言葉を引き出す為だけに切られるってどうなんだ? しかも、俺が手出ししなきゃ黙って切られ続ける気だったろ。」 「そうだな、だが使い魔が主を守るのは当然だろう。」 「だからといって自己防衛くらいはきちんとやってくれ。俺だって面倒見きれない。」 鴉はため息をついた。この人間はあまりにも自己防衛意識が低すぎ、自己犠牲能力が高すぎるような気がする。まったくどうにかならないものか、鴉のため息は尽きない。 「…そんなに後悔させたくなかったのか?」 「それは少し違うな。私は後悔はさせたくなかったが、本来の目的ではない。私は…ただ、迷ってほしくなかっただけだよ。」 最後の言葉は誰に当てたのか、既にここに鴉がいることを覚えているのかすら危うい。 「あの子は多分ずっと迷ったままだ。それは神殺しということを、あの子自身が決めたことではないから仕方がないことだろうけど。」 「仕方がないですむようなことじゃないだろ?」 「その通り。だからあの言葉を言わせたかった。あの想いがある限り、あの子は大丈夫だ。きっとやり遂げれる。 …憎しみからは憎しみしか生まないことを分かっているからこそ、あの子はこれから身を削るような思いで神々を皆殺しにするのだろうね。」 遠い瞳を見せる唯。その瞳は虚ろで何を考えているのか分からない。 「怖ぇ女…。とすると、暴走女っていうのは、あながち間違ってないか。」 「私は怖いとは思わないよ。それこそ当たり前のことだろう。誰からも恨まれない為に一族郎党皆殺し、なんて古来からよくやられていたことだ。ノワールの場合はそれなりに簡単だな、ある意味絶滅種にも近い一種族を根絶やしにすればいいだけなのだから。」 「しかも輪廻から外れた不死の体を持って、か?」 「そうだな、それで確率はぐんと上がる。しかも、あの子の能力では確定したようなものだ。」 おかしそうに唇の端をつり上げたのが見えた。そしてふと、鴉は気づく。 「…止めないのか? アンタ、最後分かってんだろ?」 「…止めないよ。多分、どんなことをしても止めることはできないと思う。 あの子は後悔するだろうけどシュバリエがいる。まだ救いがあるから。それに、いざとなったら私が引き取ればいいことだし。」 「晴れて死神のお仲間ってわけか? …俺アイツと仕事するの嫌だな。」 唯の言葉に鴉はあからさまに眉根に皺を寄せた。本当に嫌そうな顔に唯の方が苦微笑を浮かべてしまう。 「私ではなく中立世界が引き取るんだ。私の予想通りになれば、あの子ならどこへでも行ける。」 「今でさえアレだ、そりゃ仕方がないんだろうな。」 「だから誰にも止めることはできない。…きっと、どの世界のどんな人だろうと、あの子は屍を積み上げて進んでいく。」 唯と鴉の脳裏にほぼ同時、たくさんの屍を積み上げた上に独り佇む血みどろのノワールの姿が映る。それはあまりにも似合いすぎた光景であり、あまりにも寂しすぎた光景だった。 「…女は怖い、っていうのはこういう時の言葉か?」 「そうだな、…多分そうなんだろう。」 目を伏せて、すべてが分かっているような目で笑う。それは識者の瞳に似ていた。 しかし音もなく笑っている最中、今まで整っていた呼吸が乱れた。鴉は自分より頭一つ分低い白銀の髪に手を乗せた。 「…悪い、喋り過ぎたな。喋るな、寝とけ。」 有無を言わせない口調で言えば、不満げな表情を見せていた唯も、諦めたように微笑んでため息をついた。 「…そうさせてもらう。鴉、私の分の仕事を頼む。」 「アンタまた俺に仕事させるつもりか?!」 「お前は私の使い魔だからな。」 椅子から立ち上がった唯は、楽しそうに笑いながら鴉を見下ろしている。そんな唯を見て、鴉の中に閃くモノが一つ。 「…アンタ、まさかコレ狙ってたわけじゃ?」 「狙ってたとは言えないな。願望と結果が一致しただけだ。 それじゃ、私は仮眠室に向かう。後は頼んだぞ、鴉。」 つい先程とは比べものにもならない程の青い肌で、鎌を杖代わりに体を引きずらせて近くにある重厚な樫の扉を開けた。しかしその表情は先程とは比べものにもならないくらいに楽しげで。 今ならアズラエルが何を考えているか全く分からないという他の死神連中にも、その考えがあっさりと分かってしまうだろうと勝手に推測した。 そしてこの広い部屋に一人なった鴉が一言。 「女は怖い、ってこういうことをいうのかねぇ…。」 その言葉を響かせて。 丁度空気に溶けただろう頃、鴉は今まで唯が座っていた場所に座り、机に向かった。 今頃眠っている自分の主こと愛しい人が早く良くなることを願いつつ、少しでもその人の仕事を減らす為に。 Next to...?
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