ここは神々が作り出した箱庭の楽園
そして私たちはその中で唯一のイレギュラー

だからこそ、私はこの世界を否定する



the fools
6/Paradise



「…終わったわね。」

 瓦解した部屋の中、神様がポツリとつぶやいた。周りには小石が少し程度しかない。すべてが終わってしまった。

 ライト・オブ・シンを使った後は必ずこうなってしまう。前に草原で使ったら本当に何もなくなってしまった。
 あれから数回あの草原を通ったら、まだなにもない荒野にだった。もうあの場所に草は生えないのだと思われる。…というか、毒の荒野として逆に有名になってしまった。

「ええ」
 言って、私は神様に近づいていく。神様はそんな私を見て笑っている。あぁ、イライラする。少しは王子様の誘いに乗ってみようかと思ったけど、それも無理ね。
 この神殺しである私にそんなこと無理なのよ。私は神が近づくだけで気性が荒くなるように作り変えられているんだから。

「大丈夫ですか? マスター」
 どうやらまだ帰ってなかったノアーエイルが私の肩に止まってそう言っている。珍しい、まだ帰ってなかったの。

「ここにいたらダメですか?」
「当たり前じゃない、お前がいたらどんなところで神に聞かれているのか分かったもんじゃないわ。さっさとお帰りなさいよ。」

 少し寂しそうな声をしているノアーエイルをばっさりと切り捨てる。この鳥、全然全く持って寂しがってないから大丈夫でしょう。精神も傷ついてないし。
 それでもこの場を離れようとしないノアーエイルを見てため息をつき、ポツリと聞こえるか聞こえないかというぎりぎりの声でつぶやいた。

「…必要なときに呼ぶから、さっさと行きなさい。」
「はい、ありがとうございます」

 酷く嬉しそうな声を有した鳥が去っていくのを見送って、私はもう一度神様に向き直る。

 彼女はいまだ笑っていた。気持ち―――悪い―――――。
 頭が痛い。こめかみがズキズキする。コ、ロ――――――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す―――――――――ッッッ!!

「ラ、ライト…」

 彼女の笑みが硬直する。そう、その顔が見たかった。ただの笑顔なんて反吐が出る。いつの間にか顔には笑みが浮かんでいた。
 そう、そろそろ動き出す。どちらが早いか―――――勝負!!


「ライト・オブ・シンッッ!」


 もう一度空間が開く。今度は一本の光の筋。これに当たったら即死だ。今回は毒の光は出ないようにしておいた。私が死んでも困る。
 彼女が光で見えなくなる。終わったか? ――――いや、避けられたっ! 光で影になってよく見えないが、こちらに向かってくる影が一つ。ならば――――――

「そこまでにしときなさいよ、お嬢さん」
 一瞬にも満たない程度の時間で背後に回ってきた彼女はナイフのように鋭くなった右手を首に当てて脅しをかけるように言う。

 だけど、その間合いが命取り。服の手首の部分に仕込んでおいたナイフを逆に彼女の首筋のちょうど中央の部分へと突き出して抉りこみ、その部分の肉を抉り取った。
 ちょうど右半分は持っていけただろうか。びちゃりと、肉が床に落ちた。真っ赤な鮮血が床を染める。だけど、これは時間稼ぎにすぎない。
 これから呪文詠唱して、完璧に消去しなければ―――

「ノワール、さん…?」

 やわらかく、弱々しい声が聞こえてくる。さっきとは全くもって違う口調。頭痛も、いつの間にか治まっていた。気持ち悪さは確かにあるけど、さっきとは段違いだ。

 やはり、これは神という存在に反応するものらしい。気性が荒くなるのは知っていたけど、この頭痛と嘔吐感までは知らなかった。
 それに、殺人衝動も収まっている。いや、この場合は殺人というよりかは殺神衝動というべきか。とりあえず、それが収まったことに安堵のため息をつく。

 そして私は後ろを振り向き、それが彼女でないことを確認する。まぁ、それが彼女だったら私が甘かったということだ。そしてきちんと確認して、もう一度ため息をついた。

「ようやく戻ってきたわね、王子様。」
「はい、戻ってきました。…彼女から主導権を取り戻すのは疲れましたけどね。」

 酷く気にかかる言葉を聞いた気がする。取り戻す? 主導権を? …それはつまり、彼女がこの肉体の本来の持ち主ではなくて、彼女がお客様だということ?

「はい、今ノワールさんが考えているとおりだと思います。彼女は確かに僕が肉体の主導権を持っているといっていましたので。」
 考えを読まれた。彼はノアーエイルでも持っているのだろうか。それとも、まだこの場にノアーエイルが残っていて、そのノアーエイルが彼に私の考えを渡しているとか…
 ありえすぎて怖いので、このことは考えないようにしよう。はっきり言ってため息が出る。今度はもちろん負の感情でのため息だ。

「それで、ついさっきの答え、お願いできますか?」

 血だらけの姿で彼は言う。まだ鮮血が噴き出しているので治るのに時間がかかりそうだ。それは当たり前だろう、首の右半分全部抉ったんだから。
 自分でやっておきながら、なかなか凄惨な光景だ。一応治してあげようか。これは、彼に対してやったものではないのだから。

「この傷つきし命。欠けたものよ、癒したまえ。キュア・ライフ」

 今度は空間が開かず、私の周りに幾つもの小さい白い光球が現れる。球体はそのまま王子に近づき、その首の部分に直接触れて首の形を成していく。
 これで成功だ。あまり使わなかった魔法を使うと、何時の間ながらに疲れる。

「ですから、ノワールさん」
 静かな口調で、責めるわけでもなく私の名前を呼ぶ王子様。名を呼ばれたということは、答えを催促しているのだろう。少し、彼の精神も苛ついたように動いている。
 確かに、ここで答えを出してもいいだろう。でも、その前に少し確認しなければならないことがある。

「…その前に、聞きたいことがあるわ。何故お前はその案を思いついたの? ただの同情? それとも、他になにかあるの?」

 王子様は前に皮肉とこめて尋ねた問いにただの同情だろうとはっきり答えた。だけど、そんなものいらない。私にはそんなもの必要ない。そんな、哀れまれるのは嫌。
 私は自分でこの道を選んだのだから。たとえ神様に踊らされていようと、選んだのは自分。踊っていたのも自分。同情されても困るだけよ。

 彼は、少し困っているようだった。なにが困っているのかはよく分からなかったけど、とりあえず困っているようだった。だが、そんな表情が一変して苦微笑に変わる。


「あのですね、結構僕は簡単にできているんです。そうされたら嫌だから、こうしようって考えを持って行動しているだけですから。簡単なものでしょう?」


 虚を、つかれてしまった。そんな回答、出てくるとは思わなかった。ただ単に同情しているのか同情していないのかという解答しか出てこないと思ったら、この回答。
 こんなの反則だ。思わず唇をかみ締め、王子様を睨みつけてしまってもこれでは仕方がない。

 く、悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい―――――――悔しいっ!

 どうしてここまで、簡単に物事を言い切ってしまえるんだろう。私には出来ないこと。
 私は一番最初に疑うということを骨の髄までこの数年間で教え込まれたからそんなこと不可能だ。。もう無理、無謀、挑戦しようとしても無駄。

「だからお前が嫌いよっ!」
「僕は好きですよ。」

 あくまでもストレートに自分の感情を伝えたのに、酷く簡単にすり抜けられてしまった。別に全然傷ついてもない。どうしよう、むかつく。
 すると突如、笑い声が聞こえる。誰の、なんてわかりきっている。ここには私と王子様の二人しかいないのだから。でも、一体なんでだろう。変な理由だったらまた殺してあげる。

 じろりといった擬音が似合う様子で私は王子を睨む。王子もその視線に気付いたのか、笑いながらも微笑んで会釈する。

「あぁ、すいません。あなたが昔と同じなんだなって、思い知らされただけですから。」
 …よくわからない、この王子様の言うことはよく分からない。私が昔と同じ? そんなのはありえない。昔の私よりも今の私は汚れてしまったのに。

「いえ、気付かない方がいいですよ。それでこそノワールさんですから。それに、もうあなたは大丈夫ですね。外界と関わってなかったから、すべてに絶望していたように見えただけです。まったく、僕とは大違いですよ。」

 …? この言葉こそよくわからない。私は絶望している。している…はずだ。そうでなくても、その絶望の味を、その辛苦の味を知っているはずだ。
 では、彼の言葉は一体なんだろう。私は絶望をしていない? すべて絶望しているように見えただけ? 間違っている。激しく間違っている。

「僕は間違っていませんよ、大丈夫です。あなたはもう絶望していません。」

 よく、わからない。私にはまだわからない。わかろうとする心を取り戻していない。そんなもの失ってしまって久しい。私はたくさんのものを失った。
 私はたくさんのものを忘れた。私はたくさんのものをこの手から落としてしまった。だから、よくわからない。今はまだ心が麻痺しているから。

「まだわからなくていいと思います。それで、答えはどうしますか? 答えないのなら、僕が有利な方へと受け取りますけど。」

 その言葉にはっとして王子を見る。王子は何も見せない笑顔で微笑んだままだ。まだ、まだだ。もう少しだけ、聞かなければならないことがある。

「私には殺神衝動がある。神という存在を殺したくなる殺神衝動が。それで、お前が気が付いたら何回か殺されているという事実があると思うけど―――覚悟している?」

 そう、これが重要問題だ。私はいつ彼を殺すかわからない。本気で彼を殺すこともあるだろう。いや、彼ではなく彼女だが。どっちにしても肉体は同じ。
 肉体が滅べば精神は両方死ぬ。しかし、そんな問題を彼は当然といった様子で受け止めた。

「もちろんですよ、僕が何回か殺されたことで身をもって知りました。それでも、僕はあなたと旅をしてみたいんです。種類は違うどイレギュラーである僕たちで。」

 少し、殺神衝動とは違う意味で頭が痛くなってきた。私は、ここまで弁の立つ人間を知らない。ここまで自分の感情に素直に生きる人間を知らない。
 私とはまったく別の人間のタイプだ。いや、真逆といえる人間のタイプだ。だが、それもまた一興といったところか。

「…あと一つ。これから、どこに行くの?」

 その言葉を聴いた途端、彼はとてもやわらかく笑った。本当に嬉しそうな、笑み。精神もそういう動きを見せている。でも、何で私と旅することが嬉しいんだろう。
 わからない。わからないけど、嫌いではない。そういうことは、結構嫌いでは、なかったりする。

「今のところ海を渡るつもりです、海の向こうの大陸では聖女の存在も知られていないと思われます。あぁ、それとこの服ではマズイですね。服は港町で調達しましょう。魔物に襲われたとでも言えばなんとでもなります。」
「気付かれたらどうするの?」
「大丈夫です、そんなヘマはしません。結構こういうのは気付かれないものなんですよ。こんなところに有名人がいるはずがないとみんな思ってしまうみたいで。」

 さすが王子様といったところか、こういうところの計画は本当にお手のものね。少し感心していると王子様は立ち上がる。

「それでは、前は急げといいますし、行きましょうか」

 私も立ち上がるが、それより前に、もう一つ、最後に言っておかなければならないことがある。これが、ある意味最も重要なもの。私にとって最重要項目。


「この旅の目的は?」


 何の前フリもなくそう尋ねた私に王子様は目を見開く。しかし、これも当然のように言った。


「神をすべて皆殺しにするために、でしょう?」
「違うわ」

 王子様が答えたのは確かに回答の一つ。王子様の王子様なりの回答。でも、私は違う。私はそれだけじゃない。私は、神を殺すだけじゃない。


「あなたなりの目的があるんですか? ノワールさん」
「えぇ。私は、神々が統治する箱庭とも言える世界を壊しに行くの。」


 それが、私の答え。私の、私なりの答え。ついさっき思いついたものだけど、構うものか。この世界が神の統治する箱庭だということはこの王子様もわかっているはずだ。


「それで?」
 王子様は続きを促してくる。私も当然のように続きを言った。


「私は、人が手にする愚者の楽園を手に入れるために旅をする。」
 王子様は私の言葉を聞いた途端、虚をつかれた表情をしたが、突如として大声で笑い出した。そんな面白いことを言ったつもりはないんだけど…。一体なんだろう。


「本当に、聖女様ですね、あなたは。」


 この言葉の意味もよくわからなかった。私が聖女? それは間違っている。そう崇めている人間もいるけど、それは私が神殺しであるという事実を知らないからだ。
 だからそういえるだけ。本来の私は聖女なんてなれるだけの器はない。なのに、崇めるだけ崇めているだけでしょう。


「まぁ、そんなことはどうでもいい。これで相互理解が出来ましたので、今度こそ行きましょう。神殺しの旅へと――――」


 そうして、私は、いや、私たちは歩き出した。神殺しをするために。多大なる罪を背負うために。誰も望みはしない人の手による楽園を創るために。
 そのために様々な人に非難されても構うものか。これは私が私のためにすることだ。誰にだって、止められるわけがないのだから――――。



 ここは神々が作り出した箱庭の楽園
 そして私たちはその中で唯一のイレギュラー

 だからこそ、私はこの世界を否定する



 私が望むのは愚者の楽園
 どれだけ足掻いてももう作り直しができない地獄とも呼べる楽園
 それでも私はそれを望む
 もう、神の手のひらの上で踊らされるのはゴメンだから



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