Blind to Grave.
ルルーシュ、聞きたいことがあるんだ。 そう真剣な表情でスザクが尋ねてきた時、ルルーシュはスザクが何を問いたいのかを即座に判断できた。 ユーフェミアのことだ。 ルルーシュがゼロだと分かってから―――そしてルルーシュの記憶が戻ったとお互いが気づいたあの時からスザクはずっと何か言いたそうな顔をルルーシュに向けていたのだから。 いや、本当はスザクはこの学園に戻ってきた時からずっと前からそんな顔をしていた。ただ表情に出していなかっただけだ。 だがルルーシュはすぐに気づいた。七年前のあの時から嘘を吐くことが日常となっているルルーシュにとって、嘘をつくことに慣れていないスザクの表情を見抜くことなど呼吸することと同意義だった。 スザクはユーフェミアの騎士だ。それにルルーシュは幼い頃ユーフェミアと仲がよかったということを知っている。気になるのも当然だろう。むしろこちらとしてはようやく聞いてきたかと言ったところだ。 「なんだ? 勉強に着いていけないのか?」 背の屋上の柵に凭れかかったルルーシュがいつも通りの様子で茶化した。 スザクは何も気付いていないルルーシュの様子に一瞬だけ逡巡するが、それも本当に一瞬のことだった。 瞬きの間に、スザクから全ての表情が消えた。 「ルルーシュ、いやゼロ。君に聞きたいことがある」 ゼロ。ルルーシュのもう一つの名が呼ばれる。ルルーシュは小さく笑った。 「言っただろう。ゼロは個人ではなく行動によってのみ表される象徴だ」 「じゃあ『ユフィを殺したゼロ』に聞きたいことがある」 言い逃れのできない強さでスザクはルルーシュを見た。その芯は冷えきっている。 「ああ、それなら確かに俺だな」 ルルーシュは平然と返す。ユーフェミアのことは今でも痛むが、それを表に出すつもりはなかった。 「何故ユフィを殺したんだ?」 「邪魔だったからだ」 それ以外に何があると、ゼロとしてのルルーシュは切って捨てる。 「君は昔、ユフィと仲がよかったって、」 「クロヴィスとは昔よく遊んだ。コーネリア、シュナイゼルの二人とも比較的仲はよかった」 「ぇ、」 「だが、それでも俺は躊躇わずにクロヴィスを殺したよ。そしてその相手がユーフェミアであろうとも同じことだ」 「…それが、君の答えか」 スザクは呻くように低く呟いた。だがその声の低さの割には不思議と怒りは感じなかった。 「そうだ。聞きたかったのだろう? 枢木卿。これがその答えだ」 スザクにゼロと呼ばれたように、ルルーシュもゼロの口調で大仰に語りかける。 仮面はなかった。だがその言葉には力があった。現在のルルーシュの服はあの衣装と仮面ではなくただの学生のそれだが、その姿はまさしくゼロだった。 じゃあ、とスザクは続ける。まるで予想していた答えだったかのような素振りに、ルルーシュは訝しんだ。 スザクは再び口を開く。 「じゃあ、ルルーシュの答えは?」 時が止まった。そうだ、スザクは初めからこれを聞きたかったのだ。ルルーシュがゼロとして答えるということを分かっていて、まずはあえてゼロに尋ねたのだ。 ルルーシュ。スザクがルルーシュを見ている。大丈夫だ。動揺はなかったはずだ。何も不自然なところはない。 「俺の答え? 何を言っている。俺がゼロならばさっきの答えで十分だろう」 ルルーシュは何でもないかのように振る舞う。しかしスザクはそれに首を降った。 「違うよ」 透明な声だった。 「違うんだ、ルルーシュ」 静かな声で。静かな瞳で。スザクは語りかける。ただ純粋に、真実が知りたいのだと。 …ユーフェミアのことを考えると今でも胸が痛む。だがそれは誰に語るべきでもない罪であり罰だ。 真相を言えばきっとスザクはルルーシュを赦すだろう。しかし赦されてはならない。 ルルーシュがユーフェミアを殺したのは事実だ。スザクはその事実だけを知っていればいい。 『王の力はお前を孤独にする』 ギアスを与えられた時のC.Cの言葉。その道筋の始まりならば、それも仕方のないことなのだと。 ルルーシュ。もう一度スザクが名前を呼んだ。 ルルーシュは小さく息を吐く。 もう一度ゼロとして答えたとしても、スザクはきっと納得しないだろう。だからこそスザクは最初にゼロに尋ねた。 ゼロとルルーシュを別として捉えているスザクには、きっと通じない。だが赦されたいとも思わない。 だからこそ、たった一つだけ。 「それは俺が墓の下まで持って行けばいい事実だ」 たった一言。 その言葉を吐いてルルーシュは屋上から立ち去る。 赦されたいとは思わなかった。共に歩こうとも、もう思えなかった。 スザクは気づくだろう。ルルーシュの言葉の意味に。いくら鈍い奴とはいえ、流石に気づいてしまう。 そして赦してしまうのだ。ルルーシュがユーフェミアを殺したことには意味があったのだと。そしてスザクはルルーシュの手を取ろうとするだろう。 だから、ルルーシュは小さな信念を吐いたのだ。 誰にも赦されるつもりはないのだという、たった独りで修羅の道を歩く覚悟を。 「スザク」 階下から屋上への扉を見上げた。未だそこに佇んでいる筈の彼はどんな表情をしているのだろう。 ―――お前だけは俺を赦すな。 それは、自らの為に初めて行った、ルルーシュの小さな祈りだった。 ***
Ash to Ash, Dust to Dust, from Blind to Grave. 真実は闇の中。 そして王は独り、修羅の道を征く。 |