自殺志願に愛の手を


 帰ってくれば、リビングからじゃきじゃきという音がした。
 何かと思って気配を殺しながらリビングに近づけば、双識が自殺志願マインドレンデルを手入れしているところだった。
 伊織はようやく警戒心と解いた。それからリビングに入る。
「なんだぁ、お兄ちゃんでしたか」
「ああ、おかえり伊織ちゃん」
 双識は手入れをする手を止めて挨拶。それからまたすぐに自殺志願マインドレンデルの手入れに戻ってしまった。
 伊織は退屈そうにソファに鞄を放り投げ、その隣に座り込む。双識の目の前に座ったというのに双識自身は気づきもしない。全神経を自分の相棒である自殺志願マインドレンデルに集中させている。
 普段はシスコンでブラコンな兄も、流石にこういう時は酷く真面目だ。普段からこうだったらいいのに、普段はどうしようもなく変態なのだ。こういうところはどうしようもなかった。

 自殺志願マインドレンデルを鋏の形として繋ぎ止めている支点の部分を外し、一本ずつ分解する。二つに別れたブレードは鋏の片羽のようにいびつな形。
 それを丁寧に扱いながら、一本ずつ刀身についた傷の確認を。軽傷ならば応急手当、重傷ならば入院だ。それを見極めなければならない。
 だがどうやら今回は軽傷の部類に入るらしかった。応急手当の為の道具を手に取りながら、双識は真剣な表情で自殺志願マインドレンデルを見ていた。

 伊織はその刀身の煌めきを見る。双識の長年の愛用品なのか、自殺志願マインドレンデルには様々な傷と修復の跡がある。応急手当で間に合わなかった場所など大小様々だ。
 美しい煌めき。人を殺す物。刃、刀身。双識の愛用品。とても使い勝手が凄く悪そうだけどある意味良さそう。ああ、使ってみたいなあ。

「お兄ちゃん、それちょうだい」
「え?」

 双識の呆けた声。伊織はもう一度言った。

「それ、ちょうだい」

 今度は指をさして、きちんと自殺志願マインドレンデルだと分かるように。
 双識は困ったように唸った。

「うーん、人識相手なら問答無用で断るんだけど伊織ちゃんだしなあ。自殺志願コイツを大切にしてくれそうだし…。
 そうだ、私が死んだらあげよう。それでいいかな」
「本当ですか? やったあ! その言葉に二言はありませんよね!」

 双識の言葉に立ち上がって大げさに喜ぶ伊織。そして双識の元に向かおうとするも、双識は自殺志願マインドレンデルを盾の如く突き出した。

「うん。それに二言はないけれど今ここで殺されるのもどうかと思うんで、私は防御行動に移させてもらおう。だから伊織ちゃん、ナイフを仕舞って。
 あと、安物の西洋ナイフはどうかと思うな。洋物は刃がいかれやすいから、私としては日本刀をお勧めするよ。特に刀鍛冶の古槍頭巾だ」
 伊織はソファに座り直した。何だ、バレていたか。手首に仕込んであるナイフを仕舞いながら伊織は思った。

「えー? でも古槍頭巾って言ったら特注でしょ? そしたらお金かかるじゃないっすか」
「でもお兄ちゃんとしては伊織ちゃんに安物持ってほしくないな」
 唇を尖らせながら言う伊織に、双識は自殺志願マインドレンデルのブレードを元に戻しながら答えた。
「しがない女子高生のお財布事情を嘗めないでもらいたいっすよう…。お兄ちゃんや人識くんみたいにないですからね、お金。
 あ、そういえばどうして人識くんにはあげないんですか?」
「アイツは無類の刃物マニアだからね。アイツにとっては多分刃物と名のつく物なら何だっていいような気がする。そんな浮気症な人間に、自殺志願わたしを任せられないよ」

 よし完成。そう言いたげに双識は刃二本を支点で合わせて、自殺志願マインドレンデルを鋏の形に作り直した。

「じゃあお兄ちゃんが死んだらそれ、私に下さいよ? 約束ですよ?」
「ああ、約束する」
「お兄ちゃんは私の傍で私の為に死んで下さいね。お兄ちゃんが知らないうちに死んじゃって、それが勝手に使われていた時なんて泣いちゃいますよ」
「そうだね、兄が妹を泣かしちゃいけないね」
「はい、だからお兄ちゃんは頑張って私の為に死んで下さいね。そうじゃなきゃ貰う価値ありませんから」

 それだけを伝えると伊織はお腹がすいてきたので、「あーあ、私も人識くんみたいに愛用の武器ほしいなー」と言いながらお菓子を探しにキッチンに入る。
 だからこそ、彼女に双識の言葉は届かなかったと思うのだ。

 キッチンの消えていく彼女を後目に、双識は顔を多少赤くさせながら苦笑いさせて曰く、「凄い殺し文句だね、伊織ちゃん」とだけ答えてた。