時姫


 ふわふわ。ふわふわ。
 女の子が一人漂っていました。
 どことも知れぬ空間。いつとも知れぬ時間。
 女の子は一人漂っていました。
 ふわふわ。ふわふわ。
 女の子はただ漂っていました。何をすることもなく、たった一人でどこかを漂っているだけでした。時折、何を思ったのかくるくると回ったり、流れて過ぎ去っていく物を眺めたりしてはいましたが、それでも女の子はたった一人漂っていました。
 女の子は、自分がいつからここにいたのか知りません。いつまでここにいるのかも知りません。ついでにここがどこなのかも知りません。女の子は何一つ知りません。
 憶えているのは、水辺の記憶。川へと真っ逆様に落ちたこと。緋色の花がとても綺麗で、それがとても印象的で。確かそれをもっと近くで見ようとしたのです。
 そしたら川に真っ逆様。ばしゃんという音。それより先は知りません。女の子は何一つ知らなかったのです。仕方がありません、それが女の子なのですから。それが神様が与えた女の子の宿命なのですから。
 くるくると回って。ふわふわと漂って。女の子は今日も何も変わりません。
 きっと、女の子が変わるにはたくさんの時間とたくさんのきっかけが必要になるでしょう。もしかしたらたくさんのきっかけがあっても変わることはないかもしれません。でも、それと同じようにもしかしたら変わることができるかもしれません。
 だから今日も女の子は踊ります。今日も女の子は漂い続けます。
 もう女の子自身すら忘れてしまった、女の子のための王子様を待つために。



 彼はいつも一人でした。
 ぱらぱら。ぱらぱら。一人きりの図書館で、彼はいつも分厚い本を読んでいました。
 いつとも知れぬ、どことも知れぬ。彼のいる図書館はそんなところにありました。(そうでなければ神様に見つかってしまいます!)
 彼は神様から見つからないように色々と頑張ってここまでやってきました。神様に追われて、味方だと思っていた人達に追われて。それでも色々な人に助けられて、色々な人に頼りながらこの図書館を作ったのです。
 彼は色々なことを知っています。きっと知らないことは何もないくらい。ここにやってきてから本しか読んでいないのですから当然です。それに彼は古く長い年月を生きてきました。10の時を10数え、それをまた10数えても足りないような時。もう自分が幾つかなど忘れてしまうような時。
 彼は長い間生きてきました。色々な人に頼って、頼られて、裏切って、裏切られて生きてきた日々でした。ですが、彼は一人でした。ここに来る前も、ここに来てからも。この一人図書館の中、彼はいつだって一人だったのです。
 そう、いつだって彼は一人。いつだって一人で本を読んでいました。でも彼は気にしません。何を気にすることがあるのでしょうか。彼は元々あまり他者が好きではありませんでしたし、誰かに関わっている暇などなかったのです。
 だから、今日も彼は一人で本を読んでいます。
 本を読んで、様々な知識を蓄えて。ここに出向いてきた人を暖かく迎え入れてあげて、必要な知識を差し上げるために。
 それをきっと彼は一生続くことだろうなと確信していました。でも、それは突然打ち切られることになるのです。
 いつか、どこかの吸血王が、彼にとある真白な本を差し出すまで。



 これは、いつかのどこかのお話。
 どことも知らぬ空間を漂う黒髪の姫君と、裏切りに傷つくオッドアイの知識番。
 孤独に身を浸し続けた彼らが、一人から二人になるお話。

 さて、彼らが出会うのは、まだまだ先のお話です。