【 Side.序 】

「さて、そろそろこの時期がやってきたか」

 この城の主である吸血王は重々しく口を開いた。

「この時期…って、あー、そろそろ新年だねぇ」
 それに特別感慨なく事実を確認する透明人間が一人。
「新年っスかあ。もうそんな時期なんスねえ」
 吸血王の言葉でようやく思い出して、今年一年を振り返る狼男。
「…それで、今回は何を為さるのでしょうか。吸血王」
 勘のいい不死者は己の役目に気付いて、ため息を吐きながら吸血王に尋ねる。

「カウントダウンパーティを行うぞ」
 吸血王はいつものようにニヒルでクールに玲瓏に、そして堂々たる仕草でそう言い放った。

「…でも、今から間に合うの? ユーリ」
「今から間に合う、ではない。間に合わせるのだ、かごめ」
 この城で唯一の人間である黒の少女の問いかけに、自信満々に答える彼はまさしく王であった。それがどれだけ愚かな答えか分かっていても。
 そしてそれでも、かごめやこの城の全員はこの人が大好きなのだ。
 その為に、この城の全員が今すぐ動きを見せるのだ。



終わる年を愛おしむ



【 Side.不死者(蒼)+狼男 】

「さて…相も変わらず私とアッシュは厨房班なのですね」
「オレ達以外に出来る人がいませんしね、ユーリ城って」
 口は動いているものの互いの顔を見ることもなく手を動かしていく。
 リデルは素早く鶏の首を切断して血抜きを、そして丁寧に羽をむしってチキンの用意を。アッシュは野菜をみじん切りにしている。
「こういう時ほど自動調理器が欲しいと思うときはありません」
「あー、分かるっス。特にユーリの我が儘に付き合わされた時っスね」
「その通りです。…ですが、付き合ってしまう私たちも私たちなのでしょうね」
「そうっスねえ」
 呟く口は笑っている。
 お互いに、それが当然であることなど分かっているからだ。
「我らが吸血王に感謝を。その為に、我らは厨房を任されましょうか」
「ええ、了解っス。リデルさん」


【 Side.透明人間+少女詩人 】

「あ、かごめちゃーん」
「…スマイル、広間の飾り付けは?」
「いっつものことだからねー、そろそろ慣れちゃって終わらせちゃったよー」
 ヒッヒッヒッ…と笑うのは透明人間たるスマイルだ。かごめにとっては大切な人の一人。このユーリ城の全員がかごめにとって大切な人だ。肉親を既になくしてしまったかごめにとって、唯一の心温まる光。
「それで、どうしたの? ユーリを探しているの?」
 普段、あまりスマイルとかごめは話さない。話すと言えば話すのだが、どちらかと言えば誰かを交えての方が多いだろう。かごめはユーリの傍にいることが多いのだし、スマイルはリデルと共にいるのだから。
「んーん、ユーリは執務室で招待状書いてるよ。だから今行ったらちょっと殺されるかもって忠告」
「そう、ありがとう」
 恐らくスマイルのことだから広間を飾り付けが終わったと報告に行ったついでにユーリをからかいに行ったのだろう。それがユーリの逆鱗に触れて、一触即発のようになったに違いない。それが今にも目に浮かぶようで微かにかごめは笑う。
「それでさ、かごめちゃんはどうしてユーリがカウントダウンパーティなんてやろうと思ったか分かる?」
「…毎年はやっていなかったのね?」
 その口振りから察すると、スマイルは頷いた。
「カウントダウンパーティなんて…というか、この城でパーティなんて滅多になかったんだよ。カウントダウンパーティも、クリスマスパーティも。この城で大掛かりな事なんて全くなかったのに、それが突然やり始めた。さて、理由は分かってる?」
 そんなことは分かっている。かごめがこの城に再びやってきたときから行われ始めたパーティ、そしてスマイルがかごめに尋ねるというその事態だけで理解できる。
「…分かってる。人間である私のため、でしょう。あの人は、私の血を吸うつもりはないみたいだから」
 血を吸えばいいと思う。あの牙で肌を食い破られることに至福を感じる。あの人の腕の中で息絶えることが出来るのならばどれほどの幸福か。
 だけどそれを為そうとしないのが吸血王だ。かごめが人間であることを望み、人間以外の者にすることを決して望まない人なのだ。
「ならいいや。じゃ、僕からはそれだけだよ、かごめちゃん。パーティの時に会おうねー」
「…ありがとう、スマイル」
「どーいたしまして、みんな結構かごめちゃんとユーリのこと好きだからねー」
 そしてスマイルはホールから去っていく。恐らくはリデルの元に向かうのだろう。
 己もやることはやってしまったので、スマイルからは殺されてしまうかもしれないと言われたが己は殺されはしないだろうと分かっているので、かごめはユーリのいる執務室に向かうことにした。


【 Middle, Side.吸血王+創造主 】

「よお、ユーリ」
「…MZDか」
 空間と空間を繋げられ、誰がやってくるのかと身構えていたのだがやってきたのは創造主だった。ここには己が許した者か、それとも己と同等、もしくは己よりも高位の者しかやってこれない。そうすると空間を繋げられる者も限られてくるのだが。
「何か用か?」
「面白そうなことやるって聞いてな。カウントダウンパーティだって? 珍しい」
「…そんなに珍しいか?」
 ユーリは招待状を書く手を止めた。多少インクが滲んだが、別に気にすることでもあるまい。なぜならそれはミシェル宛だからだ。
「ああ、お前目立つこと嫌いだったのに、ここ最近はよくやってるじゃねえか。理由は…って聞くまでもねえか」
「…理由は、たった一つだ」
 それは人間と関わるようになってからだ。
 ユーリは元々人間と深く関わらない。不死者や妖怪のように長く生きる者ばかりと関わってきた。それは当然だろう、ユーリは妖怪の側に立つ領主だ。妖怪と関わらずして何と関わるのだ。
 そこにやってきた、十年前に拾ったかごめという少女。彼女はただの人間で、だからこそ尊いのだと。
 ユーリは彼女の血を吸うつもりはない。彼女を伴侶にするつもりもまた然り。伴侶にすればユーリと共に生きられることを知っているのだが、それでもユーリは彼女が人間でいてほしいのだ。
「早く血を吸っちまえよ、何回か人間の血を吸ってるだろうが。やり方は分かってるんだから、早くしろよ」
「貴様が言うか、それを」
 領主という面倒なシステムを作った張本人が、と苦々しげに吸血王が呟けば、創造主はだからこそだろと笑う。
「…血を吸うつもりはない」
「衝動を抑えられると思ってるのか?」
「抑えなければならないものだ」
 そう静かに呟けば、創造主はため息を吐いた。これ以上は何を言っても無理だろうと分かったのか。
「ま、面白そうなことに便乗させて貰うわ。色んな面子連れてくるから、覚悟しとけよー!」
「…調理班のリデルとアッシュが卒倒しそうだから、料理が出来る輩は多少の料理を持ってこいと言っておけ」
「おー! じゃあまたなー!」
 相変わらずの子供のような言葉を吐きながら空間が閉じられる。これから起こることを思って、吸血王はため息を吐くのだった。


【 Side.整備工+水妖 】

「…あれ、それ何だ? テトラ」
 ヒューは残りわずかとなった今年を噛みしめながら、自分の分のアイリッシュコーヒーとテトラの分のココアを持って尋ねた。
 勿論、視線はテトラの手の中だ。
 テトラは俯いたまま手の中の白い封筒をヒューに無言で差し出した。この光景は、覚えがある。
「もしかしてこの封筒って…」
「そのもしかして、です」
 封筒を裏返せば、デジャブを感じてしまうのは仕方がないだろう。今年も行われたクリスマスパーティの招待状もこのようにやってきたのだから。
「…今回は盛装、とか書いてないよな」
「カウントダウンパーティですから、多分大丈夫だと思いますけど…」
 断言できないのは、きっと領主の人となりと知っているからだろう。去年はそれで困らされた。今年もついでに困らされた。
「まあ、この招待状が来たからにはどうやっても行くこと決定なんだけど…」
「いいじゃないですか、ヒューさん。今年もお世話になりましたって言いに行きましょう」
 それは確かに。今年もユーリ城の人はヒューのいいお客様だった。
「そうだな、じゃあユーリさんの所まで行こうか」
「はい、行きましょうヒューさん」
 それからとりあえずとばかりに封筒を開けた。
 すると、どこからかゴゥッ…という音がして――――
「…テトラ、何か分かるか? これ」
「……多分、空間と空間が繋げられたんですよ、ヒューさん」
 目の前に突然ユーリ城の入り口の映像が映されていた。いや、テトラの説明では映像ではなく、実物が目の前にあるだけなのだが。
「…すぐに来れるように、っていう配慮なのかな、これって」
「多分、そうじゃないかと…」
 あまり嬉しくない配慮だが。
 ヒューは二人分のカップを机の上に置いてそんなことを考える。
「ま、キャロはアリスちゃん達と一緒にカウントダウンパーティをしてるだろうからいいけど。
 じゃ、行こうかテトラ。戸締まりはちゃんとした?」
「あ、はい! 大丈夫です!」
「初日の出くらいは二人で見ような」
「…楽しみにしてます!」
 そして柔らかく微笑んだテトラにヒューは手を差し伸べた。

 そうして、MZDに連れてこられた妹たちに出会うのはもう少し後の話である。


【 Side.不死者(金)+仮面伯爵+大魔女 】

「…あら、珍しいものが届いたわね。ねえ、ジズ、ロキ」
 金の髪の不死者――――シャリエは空間を歪めてやってきた招待状を見て、その場に共にいた友人の二人に声を掛ける。
「おや本当に。あの吸血王から届くとは思ってもみませんでしたよ、私は」
「私は別にそうでもないが? 奴から嫌われているのは主だけだろう、ジズ」
 ロキとジズは軽口をたたき合う。確かに、この場でパーティの招待状が来るのを意外に思うのはジズだけだろう。彼は良い意味でも悪い意味でも吸血王に毛嫌いされていた。
「それに、この招待状には貴方の名前は書かれていないわよ、ジズ」
「成る程。私も嫌われたものですね」
「…今までのことを考えれば、そうもなるだろうよ」
 ロキはこの場にいないユーリに同情的な眼差しを向けた。吸血王という高位の方であるが、本当に今回ばかりは同情を禁じ得ない。
「そうですか? 私としては手緩い方なのですがね」
「…吸血王は至高のお方。あれ以上を為すのならば、私がこの場で切り捨てるわよ? ジズ」
 シャリエはユーリにたくさんの借りがある。彼にはいくつも命を救われた。その彼を侮辱されるのは、例え己を不死者に仕立て上げたジズでも許せはしない。
「それで? このパーティとやらには行くのか?」
 ロキはシャリエの手の中にある封筒を取って二人に尋ねる。
「私は行くつもりよ。孫の顔も見たいことだし」
 それはシャリエの中では決定事項だった。
「ふむ、私も行っても構わないと思っている。ならば共に行くか、シャリエ」
「喜んで、ロキ」
 そして笑いあう二人なのだが、たった一言がその和やかな雰囲気をぶちこわしにする。
「では私は私の城で留守番をしていましょう」
「…ジズ?」
「何を言っておるのだ、主は。行かぬのか?」
「私が行っては吸血王が迷惑するでしょう」
 確かにそれは正論だ。だからこそ吸血王は封筒にジズの名を書かなかったのだから。だが、それは封筒には書かなかっただけだ。
「…文面に、私たちが誰を連れてきても構わないと書いてあるわ。だから私は貴方を連れて行くのよ、ジズ」
 そう言ってシャリエはジズの腕を掴み、その間にロキは空間に歪みを作る。
 ジズの文句など聞きはしない。女性二人に両腕を掴まれた形でジズは空間の歪みを通ってユーリ城に向かうことになったのだった。


【 Side.幽玄伯爵+絡繰人形 】

「シャルロット、両手を出せ」
「はい、何でしょうか。ヴィルヘルム様」
 ぎぎぎ、と鈍い間接音を立てる絡繰人形は素直に主の言うとおり両手を差し出した。
 普段仮面を被っている主は今はその仮面を被っておらず、素顔を見せていた。赤毛の主はシャルロットに封筒を差し出す。封は切られているようだった。
 シャルロットは突然渡された封筒に首を傾げた。
「…ヴィルヘルム様、これは?」
「封筒を見てみろ」
 言われたとおり、封筒を見てみる。するとそこには、主の名前と絡繰人形であるシャルロットの名前が書かれていた。
「これは…何故ですか? 私はヴィルヘルム様の持ち物。封筒に名を書かれるほど、有名な存在でもないはず…」
「リデル・オルブライトを知っているか」
「はい、彼女はわたくしが人間だった頃の友人です」
 貴族でありながら貴族という観念に囚われていなかった彼女。己は彼女とは違い、貴族という観念に囚われていたが彼女がとても好きだった。己は友人と感じていたのだ。それは彼女も同様だっただろう。…それも、彼女が黒死病にかかってしまう時にはなくなってしまった縁だったが。
「珍しいところからやってきた招待状だ。吸血王の元にその女がいるらしい。貴様が友人だと言っていてな、恐らく名が書かれていたのはその為だろう」
「…では、これは吸血王からやってきた招待状なのですか?」
「ああ、そう言ったつもりだったが?」
「確かに珍しい方からなのですね…」
 シャルロットは驚きを隠せない。確かに己の主もこのメルヘン王国では位が高い存在だが、王に直接招待状をもらえる存在だったとは。
「…無礼なことを考えているな、貴様」
「申し訳ありません、主」
 あくまでも嘘は吐かない、というのがシャルロットの信条だ。
「そもそも、吸血王が盛大な祝い事を行うことが珍しいのだ。まず前提条件が間違っているだろう」
「成る程、確かにそうですね」
 確かに、ともう一度納得の言葉を。それから主が己を見ていることに気付いた。
「何か?」
「それで、行くのか?」
「は?」
 もしかして己に招待状を渡したのはこのためだったのか、と内心で呟いてみる。
「私は別に行っても行かぬとも構わん。吸血王も私も幽玄の時間を生きる者。そして貴様もだ、シャルロット。だが友人に会うのを止めようとは思わん」
「…ヴィルヘルム様」
 呟いて、静かに考えてみる。
 本来ならば主の持ち物である絡繰人形が意見を尋ねられることなどあってはならないはずだ。しかしそれが主の意志ならば仕方がないだろう。自分にそう言い訳をしながら口を開く。
「…行きたいと、思います。宜しいでしょうか、ヴィルヘルム様」
「構わん、行くぞシャルロット」
 言うや否や踵を返す主。己はその背中を、錆び付いた躰で一生懸命付いていく。ぎしぎしと鳴る躰は多少不便を感じているが、それを聞いて歩調を緩める主を見ればそれすらも愛しい。
 ようやく主の背中に追いついて、多少上がってしまった息を落ち着かせる。それからまた、主の背中にしずしずと絡繰人形は収まっておくのだ。


【 Side.知識番+時姫 】

「…今年も来たか」
「うん、拾った」
 ミシェルはオフィーリアが拾ってきたという封筒を見て肩を落とした。
 だがそれでもめげずにオフィーリアに尋ねた。一応自分の事情は彼女に関係ないのだから。
「それで? 行きたい? オフィーリア」
 オフィーリアは鈍い動きで首を傾げる。
「……新年?」
「うん」
「パーティ」
「うん」
 傾げた首を元に戻して、彼女は静かに頷く。それはミシェルの地獄行きを意味していた。
「…新年は別にいい。でも、パーティは行きたい」
「そっか、オフィーリアは行きたいか」
「うん」
 今にも涙を流してしまいそうだ。素直に頷くオフィーリアが憎らしい。だがそれでも、
「僕はあまり行きたくないけど…まあいいか。オフィーリアが行きたいって言うんなら」
「ミシェル、行きたくない?」
 オフィーリアはミシェルの事情も知りもせずに尋ねてくる。だがそれは仕方がない。ミシェルも彼女に言っていないことなのだから。
 ミシェルは苦微笑を浮かべながらオフィーリアを見る。決して肯定もしないし、否定もしない。
「いいよ、オフィーリアは行きたいんだろう?」
「…うん」
「なら行こう。それが一番だ」
「…ありがとう、ミシェル」
 オフィーリアが笑う。それだけで行く価値はあると思ってしまう自分がいるのだ。
 そして多少の意地悪を。彼女が罪悪感を感じないために、自分は彼女と取引をしよう。
「だったら、年が明けたら僕の我が儘を少し聞いてくれると嬉しいな」
「うん、ミシェルの言うことなら、聞く」
「ありがとう、オフィーリア」
 そして、空間が繋がった。


【 ...and Last
        Side.吸血王+創造主 】

 そして緩やかに集っていく人々。
 それを頭上で見上げる者がいる。
 創造主と吸血王だ。
「満足か? ユーリ」
「ああ、満足だとも」
 眼下に見下ろすは様々な人の群れ。その中に、愛しの子供もいる。
 それだけで、彼女が楽しそうに笑っているのを見るだけで十分なのだ、己は。
「ま、今年も楽しませてもらったよ。お前らでな」
 創造主は空のシャンパングラスを傾けた。勿論中身が入っていないので零れることはない。
「人の不幸を嘲笑うな、悪趣味め」
「分かり切ったことだろ、そんなこと」
「…そうだな、貴様がこんな世界を作り出したのだからな」
 静かにそう呟いた。
 しかし創造主が作り出したシステムが人を苦しめることもあったし、幸福にすることもあった。
 つまりは結局、人の考え方と状況によるのだが。
「来年もよろしく頼むな。お前らで笑わせてくれよ」
「ふん、来年こそは貴様にしっぺ返しが来ることを望むよ、私は」
「そりゃ永遠に来ないだろ」
 軽口をたたき合う。
 もうすぐ新年だろう。瞼を下ろして柄にもなく感慨に耽っていれば、いつの間にか創造主はいなくなっていた。
 静かに秒針は進んでいき、そして次の日がやってくるのだ。
 ユーリはグラスの中のシャンパンを飲み干す。それからそのグラスを手袋の付けた手で粉々に砕き、眼下のパーティ会場へと降らせた。
 それはまるで雪のように美しい、光の乱舞。
「私から、今年最後のプレゼントだ。来年もよろしく頼む」
 上空から静かに呟く。聞こえているか聞こえていないかの声量。だが、届いて欲しい者には届いているだろうと分かっている。
 だからこそ、ユーリは微笑んだ。


 今年も来年も再来年も、貴方が幸福でありますように。
 そして一切の激動もいらない。普遍の日々を望む。



A HAPPY NEW YEAR!