全てが愛である必要はない
カチャ、と音を立てて白い指がソーサーとカップを離した。 「例えば、私が死んだとして」 リデルは自らが淹れた紅茶を啜ってそんな不吉なことを呟く。 普段からフリルの多数付いた服装を好む彼女にしては本日着込んでいる黒衣は酷く簡素だ。見ようによっては喪服にも見えるそれが、今の言葉を冗談ではなく真実のことに捉えることが出来た。 「お前は私の後を追うのかしら、スマイル」 だがその言葉は今この場にいる者にとってはあまり効力はなかった。この場にいる者はリデルとスマイルのみ、スマイルは特別動じることもなく首を傾げた。 「不死者のリデルが死ぬのはあんまりない事態だろうけど、そーだねぇ。不死者って言っても死ににくいだけだしねぇ…。 死んだら僕は後は追わないかなぁ。これでも代理領主だからねぇ、その間は死ぬことも許されないし」 「では代理領主である立場がそもそもなかったとしたら、どうかしら」 うーん、スマイルはそう唸った。だが考えこむ時間はそう長くなく、初めから答えは出ているようだった。 「それでも後追いはしないと思うよ、そんな非生産的なことは意味のないことだと思うしねぇ」 言ってスマイルは紅茶を飲んだ。言い分はこれだけのようだった。 「白状ね」 呆れたようにリデルは言った。しかし予想はしていたのか、機嫌が悪くするようなことはなかった。 「そうかなぁ?」 「そうよ」 「そうは思ってないんだよねぇ、僕」 おや、とリデルは思う。まだ続きがあったのか。 驚くリデルにスマイルは続ける。 「僕ならどうにかして生き返らせる方法を考えるよぉ、それこそユーリや神なんかに頼ってでもね。後追いなんかして終わりにさせるわけない」 「…私は不死者だから、今度はもう生き返らないわよ」 それを分かって言っているのだろうか。リデルに口を呆けさせる。 「知ってる。でも何にでも抜け道はあるからねぇ」 前例があるし、とスマイルは笑った。その前例というのはリデルの件だろうか、確かに前例と言えなくもないがこればかりはそうも言っていられないだろう。 「そういう問題ではないと思うのだけど」 「そういう問題だよ?」 難なくしれっと言ってのけるスマイルに迷いはなかった。恐らくスマイルは今リデルが死んだとしても、必ず先ほど述べたことを実践するのだろう。 「…お前は希望を失わないのね」 「リアリストだからねぇ」 「我が儘なのね。欲しい物は諦めない」 「諦めていいことなんて一つもないからね。幸い時間は大量にあるしさ」 ヒッヒッヒ、スマイルはいつもの独特な笑みを漏らす。だがその笑みも止まり、ふと自嘲へと変わるのだ。 「…ま、不思議なことにね。リデルのことに関しては諦めることは初めから選択肢にないんだよねぇ」 他はそれなりに諦めてきたけど、スマイルは言う。 それがスマイルの行動原理なのだとリデルは気付く。スマイルは初めて会った時からリデルに対して諦めない。それが今のこの状況を作り出しているのだけれど。 「馬鹿ね、お前」 「僕も思うよ、うん」 だがその愚かさをリデルは気に入っているのだが。 「お前は先を見たいのね」 「先があるから人生は面白いんだよ」 沈黙が落ちる。これはリデルとスマイルの差だろう。二人はお互いにリアリストであったが、向いている方向が違った。 「私はある程度まで頑張ると諦めるわ、それでもいいのかしら」 「いいよ、リデルは後追いをするタイプだからね」 スマイルもこちらのことを把握していたのか、特別問題なく頷いた。何故笑っているのかリデルには分からなかった。 「同じことをする必要はないってこと」 それは奇跡だとスマイルは言う。魂は同一であっても、別個の人間だからこそ同一のことを考えるのは不可能だ。そんな奇跡は必要ないし、同じことをやる必要もない。 好きに生きればいいとスマイルは笑う。確かにリデルもその予定だったので有難い。 「私はお前がいなければ生きていけないから、助かるわ」 「知ってる」 スマイルは頷いた。リデルは笑った。それが何よりの答えだった。 それが愛でなくただの執着でも構わない。ただスマイルの傍にいようとリデルは思うのだった。 |