Il primo vino


「そういえば綱吉、ワインを飲んだことはある?」


 夕食、ツナはレストランでヒバリと向かい合って座っていると、突然ヒバリはそんなことを言いだした。


「ワイン…ですか? いえ、ないですけど。そもそもお酒自体そんな好きじゃないし。
 っていうか、何で俺達こんなとこでご飯食べてるんですか」
「それは休暇中の君を僕が連れだしたからだけど。文句ある?」

 ヒバリさんの計らいか、周囲に人はいない。以前から思っていたことだが、一応この人はこの人なりに自分のこと気遣ってくれてるみたいだ。ツナは仮にも一応ドン・ボンゴレだからだろうか。
 でも、レストランというのは今のツナにとってはありがたくなかった。

「いえ、どうせならヒバリさんの手料理が食べたかったなって」

 ああ、あの素晴らしい料理が恋しい。マフィアの会合なんてレストランで行われることなんてしょっちゅうで、最近では食あたり気味なのだ。今は途轍もなく日本食が食べたい。

「それはまた後で。僕が作ってもよかったんだけど、今回はそんな暇もなさそうだったんでね。
 それで話を戻すけど、君、酒類は全然ダメなタイプ?」
「全然、ってことはないですけど。体質的には大丈夫みたいなんですけど、今まで飲んできて美味しいって思ったことがないんで苦手ですね」

 ツナがそう言えば、ヒバリがいきなり舌打ちをした。何なのだ、一体。

「君の部下は一体何やってるのさ。ボスに美味い酒を出さなくて誰に出すって?」
「あー、そうじゃなくて。多分普通に飲めば美味しいんだと思うんですけど、そういうのが出される時って大抵会合の時でワインの味なんて分からないっていうか…」

 というか分からなくさせているのはこの人のせいなんだけど。あとリボーン。
 この人達が毎度毎度マフィアをけしかけてくれるせいで、ツナはゆっくりと食事を楽しむ暇もない。ツナは穏やかに笑いながら、内心ではまた殺されかけるのかと辟易しながらデリンジャーと弾倉を装填するのだ。

「だから、そういうところが馬鹿だって言ってるの。何でそういうのの前に一回は飲ませておかないの」
「って言われても」

 そんな暇すらなかった、というのが事実なのだが。まあ、それは言わぬが花だ。

「そういうことなら、今日はワインに凝ってみようか。まあ、初めてってことだから甘口だね。
 Lei.」

 ヒバリはツナの言うことなど知らぬとばかりに勝手に話を進めて、隣にいたソムリエに声を掛ける。
 ワイン初心者であるツナはそれに頷くのが精一杯だ。

「彼のはVino BiancoでCannellino。DOCG、妥協してDOCを。IGTやVDTなんて持ってきたら承知しないからね」
「畏まりました。お客様の分は?」
「僕の分はSeccoのVino Rosso。DOCで」
「銘柄は?」
「任せるよ」

 一連の会話が終了して、ソムリエの男性は奥へと入っていく。ツナはソムリエとヒバリの会話に目を丸くしながら聞いていた。

「どうしたの? 綱吉」
「…ヒバリさん」
「何」

 ツナはおそるおそる口に出す。

「何語ですか」
「馬鹿かい、君は」

 即答だった。

「ただのイタリア語だよ。もしかして分からなかった、なんて言わないよね?」
「言いません。でもVino BiancoとかVino Rossoとかは分かったんですけど、CannellinoとかDOCGとかは…」

 分からない。さっぱり分からなかった。そこそこイタリアで暮らしてきてもさっぱりだ。
 ヒバリはツナの反応にふぅんと返す。呆れたかと思ったが、そうではないようだった。

「まあ、分からないのも無理はないね。君は酒類はさっぱりだから。
 Vino BiancoとVino Rossoは白ワインと赤ワイン。Seccoは辛口、Cannellinoは甘口。DOCGは…」
「DOCGは?」

 ツナはそこで、続きを促したのを後悔することになる。

「Denominazione di Origine Controllata e Garantita」
「…へ?」
「だから、Denominazione di Origine Controllata e Garantita。日本語で統制保証付原産地呼称」

 復唱されてもそれの意味がツナにはさっぱり分からない。
 目を点にしてヒバリを見た。ヒバリはため息をついて、ツナに説明をしてくれた。

「まあ、言うならばイタリアワインの格付けだよ。イタリアワインのランクは4つに分けられていてね、上からDOCG、DOC、IGT、VDTと分かれている。
 DOCGはその中で最上級。一級品だよ。一級品だからあるかどうかは分からないけど、なかったとしてもDOCを頼んだから、安心してよ」
「また一級品ですかー…」
「仕方ないでしょ、ドン・ボンゴレなんだから」

 ツナはここで机に突っ伏したい気分になってきた。今本気でスナック菓子とかのジャンクフードが食べたい。マクドナルドとかのハンバーガーとか、イギリスのクソ不味い料理といわれるフィッシュアンドチップスとかでもいいから!
 だけどここは仕事部屋でも私室でもなんでもなく、ただのレストランだ。情けないところは見せられない。

「…あれ、そういえばヒバリさんが頼んだのってDOCでしたよね。それって俺のよりもランクが下なんじゃ」
「僕はいいんだよ。それに、ただの始末屋がボンゴレよりランクが高いものを飲むわけにもいかないしね」
「そんなのどうでもいいですよ。いいんですか、本当に」
「たかだかワインで何をそんなに拘るの?」

 拘ってるのはヒバリの方だ、というのは敢えて言わなかった。というか、ツナはワインに対しては初心者だし。

「別に、俺よりもヒバリさんの方が下だって思ってほしくなかっただけですよ」
「事実なのに?」
「事実じゃありません。だってヒバリさんはうちのファミリーに関係ないじゃないですか」

 駄々をこねるようにツナが言えば、ヒバリが心底可笑しそうに笑った。

「ま、君の気持ちはありがたく受け取っておくよ。
 ほら、ワインが来た。飲み方教えるから、きちんと座って」

 本当にどんなタイミングかと疑われてしまうかのようにソムリエがワインを持ってきた。
 ツナは静かにため息を付く。


 確かヒバリが頼んだワインは赤と白の二種類。
 ソムリエの手によって注がれるワインを眺めながら、ツナは思う。

 いつかこの人は、『ドン・ボンゴレ』でも何でもない自分から、『沢田綱吉』という個人から、いつの間にか離れていってしまうのではないかと、縁起でもないことを。