Cibo


『ヒバリさん、ご飯ください』

 突然携帯から聞こえた言葉に、雲雀はため息をついた。

「…今回は早かったね、君」
『食べたくなったんだから仕方がないじゃないですか』

 偉大なるドンボンゴレ。己の唯一の雇い主はあっさりとそう言い放つ。そろそろかとは思っていたが、何もこんな時に電話をかけなくてもいいと思うのだ。雲雀はもう一度ため息をついた。もういっそのことこの通話を切ってもいいかもしれない。

 綱吉はたまにこういったことをする。綱吉は生粋の日本人気質で日本食が大好きだ。故にこちらの料理に慣れてもらうのもかなりの苦労が必要だった。
 そんな綱吉だからこそ、よく雲雀も日本食を作って食べさせているのだが、時たまこういったことが起こる。
 まるで麻薬の中毒症状のごとく、綱吉が日本食を食べたくなるのだ。日本食以外を受け付けないのだ。しかも雲雀の手料理のみを!

 これが雲雀の手料理、という条件をなくせばどれだけ自分の労力と部下の心労が減っただろうか。特に己の労力と、あの10代目10代目と五月蠅い飼い犬。確か獄寺と言っていたか。
 だがそれはいい。別に慣れたことだ。慣れきっていることだ。今はそれ以外に問題がある。

「何で仕事中に電話をかけてくるの。せめて仕事以外の時間にかけてきてよ、邪魔なんだけど」
『だってヒバリさん、いつも仕事じゃないですか。いつかけたって同じですよ』
「同じじゃないけど…ま、いいや。それじゃ切るよ」
 やってきた銃弾を愛用のトンファーで軽くいなしながら雲雀は通話をする。ついでに雲雀に一撃を加えようやってきた男にもう片方のトンファーで叩き潰す。

『…ヒバリさん』
「何? 仕事中だから、切るって言ってるでしょ」
 苛立ちを隠しもせずに雲雀は言う。雇い主への口調とは思えないほどの横柄さ。出会った頃とまるで変わっていない口調。
『すいません、すぐ済みますから』
 そして相変わらず、出会ったときと同じように雲雀には弱い物腰。それはボスになり雇い主になった今でも変わらない。多少の変化は強さを手に入れたものだ。

『ちゃんとご飯作ってくださいよ、待ってますから』
「別にいいよ、いつものことだし」

 向かってきた銃弾を紙一重で避ける。集団で攻撃してきた男たちの元へと特攻しながら、片腕だけで数人の男たちを軽くいなす。台風のような暴力を見せる。

『ハハ…そうですよね』
「そうだよ」

 携帯電話の向こう側から軽い笑い声。笑い声はあまり好きではないけれど、この人間のならばそれもまたいいと思っている自分がいる。
 彼は今、何をしているだろうか。恐らくは書類仕事の休憩時間を用いて雲雀に電話をかけているはずだ。きちんと休めばいいのに、馬鹿な子どもだ。


『…だから、死なないでくださいよ』


 ――――だけど、それでいて人の痛みには酷く賢い子どもだ。


 通話が途切れる。回線が断絶する。慌てながら通話を切った子どもは、こちらの事情なんてお構いなしだ。

「…死なないでください、ね」

 用のなくなった携帯電話を胸に仕舞い、やってくる男たちをトンファーで薙ぎ倒す。飛び散った血液が生々しく床に舞った。


 血。赤い血。いのちのみなもと。
 ひとがしぬということ。


「安心しなよ。今はまだ死なない」

 今はまだ、と。その部分を強調しながら、雲雀は殲滅を開始した。
 ボスの下へ、雇い主の下へ、子どもの下へと帰るために。
 今は、帰ってご飯を作らなければならないから。約束は守るためにあるのだから。
 だから今は――――

「終わらせよう」


 今は。そう今は。
 いつか君と死ぬいつかのために。
 君から離れるいつかのために。

 僕は彼らを殺すのだ。