捕食者の憂鬱と安堵


「弱いね」

 ヒバリが手を伸ばしてくる。ツナの顔に触れ、唇の端に触れる。ピリと軽い痛み。どうやらいつの間にか怪我をしていたようだ、制服にも血が滲んでいる。

「本当に強いなら怪我なんてしない。弱いならこんな状況に巻き込まれた時点で逃げ出してる。だけどこの人数を相手にできるくらいは強い。
 君は、よく分からないね」

 神社の境内の社の前、辺りには屍の山。ツナとヒバリはその山に四方を囲まれた状況で話していた。

 元々これはヒバリが売られていた喧嘩だった。一対多数の喧嘩だったのが、偶然その場に居合わせたツナがいつの間にか参加することになって、今に至るということだ。
 その時はリボーンもいなかったし、死ぬ気弾もなかった。昔よりも多少は喧嘩の心得もでき、喧嘩慣れもしたツナだからこそできた芸当だ。これがリボーンに出会った頃のツナだったらどうなっていたことやら。

 だが、よく分からないのはヒバリの方だとツナは思う。普通な自分に比べたらこの人がどれだけ異常なことか。きっと彼独自のルールで動いているこの人のことを、ツナは一生理解することはできない。

 そう考えていれば、ヒバリは何を考えたのか突然親指についたツナの血を舐めた。そしてその行動に驚いたのは他でもないツナだ。

「ひ、ヒバリさん?」
「不味いね」

 そりゃあそうだろう、血を美味いと感じた時点でどうにかしてる。今まで暴力三昧だったこの人が知らないわけがないのに。

 すると今度は何を思ったのか、ヒバリはツナの襟足を掴んで強い力で引き寄せた。勿論襟足なんて掴まれたらツナの首が絞まって、殴り合いは終わったというのに苦しい思いをすることになってしまった。

 ヒバリの顔が近い。至近距離。指が襟足から離れて首筋に。親指は頸動脈へと。

 ああきれいだなと思う。ヒバリの顔が至近距離で、きれいな顔が間近で、でもきれいだと思うのは顔じゃなくて。


 きれいな人だ。ぜんぶがぜんぶとてもきれいで、なんだかすべてにうえているような人。


 首筋に少しずつ力が込められていく。ほんの少しずつ、苦しくなっていく。

 なんて甘美な、死を待つ瞬間。

「…気に入らない」

 ヒバリの顔が突如として視界から消えた。次の瞬間、首筋、丁度親指の頸動脈の辺りから痛みが走る。

「ッ!」

 声にならない声を上げる。小さい、だけどそれ故に鋭い痛み。
 それに気をよくしたのか、ヒバリは自分がつけた傷口に更に深く噛みつく。血を吸われていく感覚が妙に生々しかった。

 それから少しの間、だけどツナには永劫にも感じられる程の長い時間の後、ヒバリはようやくツナの首筋から離れた。

「ああ…、でも僕がつけた傷は美味しいね」

 唇に残った血を舌で舐めとって、ヒバリはうっとりと呟いた。

 離れたヒバリは艶めかしかった。唇に残った血が奇妙な色気を醸しだし、まるで吸血鬼のようだと安直に思ってしまった。

「それじゃあ、次に会う時には首以外の傷は消しといてね。そうじゃないと今度は咬み殺すから」

 ヒバリは学ランを風に靡かせながらその場を立ち去る。ツナはその場から動くことはできなかった。


 ヒバリの姿が見えなくなって、ツナは先ほどまでヒバリが噛みついていた箇所を手で覆う。まだ吸われている感覚が残っていた。
 触れれば傷跡がヒリヒリと痛んだ。見れば、まだ血が滲んでいた。