In un negozio di te


 カラン、と軽やかな鈴の音が響く。決して美しいとは言えないけれど、辺りに響く音。この音からして鈴の材質は銅だろうか。
 店は落ち着いた木の雰囲気を醸し出していた。まず目に付く場所にカウンター、その隣にレジ、少し奥にはテーブル席だ。お持ち帰り用の茶葉まで置いてある。
 そして目に付く全ての場所に、緑。緑と古びた木の匂い。この店自体がアンティークで構成されているかのようだ。

 いい店だ。ヒバリは扉を明けてまずそう思った。上等な茶葉も大量にある。これならばヒバリも求める物が手に入りそうだ。

 最近、ヒバリはいい茶葉が手に入らなくて困っていた。確かにこういった品は季節や時期によって変わるが、一級品がないのはどういったことか。自分が選ぶのは全てボンゴレが飲むのだというのに!
 だがない物は仕方がない。どうやら今年は農園の方に深刻なダメージがあったようで、どのルートを辿っても一級品と呼ばれる茶葉はなかった。仕方なく1ランク落とした茶葉をツナには出していたのだ。

 ツナは茶葉が1ランク落ちたなど気づきもせずに「美味しいですね、ヒバリさん」と言っていたが、それではヒバリが納得できない。ヒバリは一級品の茶葉を捜し求めに出た。
 そうして見つけたのがここだ。元々ヒバリは行きつけの店やお抱えの店を持っていない。そろそろそういうところで仕入れるのもいいと思ったのだ。
 しかしこの店の店主は癖が強い。さてどうなることやら。

「まあ、いざとなったら咬み殺すだけか」

 ベルの音が鳴り終わって数秒、店の奥から白い髭の老人が出てきた。年の頃は初老といったところか、だがそれ以降は分からない。体も服の上からでは分からないがかなり鍛えられていた。
 食えない爺さんだ。ヒバリはそう判断する。そしてヒバリが口を開こうとする前に、老人が口を開いた。

「これはこれは、Sig.ヒバリ。何のご用ですかな? こちらには貴方の求める物はございませんぞ」
「ワオ! 君、僕がほしい物分かるんだ! 特殊能力だね!」
 ヒバリは大げさに驚いてみせた。それは相手がヒバリのほしい物を全く理解していないからだ。

「貴方がほしいのはこの老いぼれの情報でしょう。その程度しか、この身に残された物はございません。
 ですがSig.ヒバリ、始末屋であり貴方の抱える情報は、情報屋である私のそれを越えてしまっている。今更私に何の価値がありましょうか」
「そういう意味なら君の価値なんてまるでないね。僕の情報は完璧に君を越えてるよ」
 確かにそういう意味ではだ。だが本日ヒバリがここを訪ねたのはそういった理由ではない。

「では、何故」
「勝手に人の用件を決めつけないでくれる? 今日僕がここまでやってきたのはそんな理由じゃないんだよ。今日の理由は――――君の表の仕事だ」
 この白髭の似合う情報屋の表の仕事。それこそがこの紅茶店だ。ヒバリはそれを求めてやってきたのだから。

「で、紅茶ちょうだい」
 老人の顔が驚愕に塗れる。だがすぐさま、ああと納得が行ったように目を細めた。

「成る程、確かSig.ヒバリは紅茶がご趣味だったとか。そのせいですかな?」
「そうだね、だけど飲むのは僕じゃない。ドン・ボンゴレだ」
 空気が固まった。流石にこんなところでこんな名前が出てくるとは思っていなかったのか。老人の顔が恐れに固まった。

「…ドン・ボンゴレにございますか」
「何? 今更恐れ戦いたの?」
「ドン・ボンゴレの名前が出てくるとは…この老いぼれには考えも及ばなかったことですから」
「そう、それは良かった。で? 紅茶、売ってくれるの?」

 ヒバリは老人の言葉をさらりと流して本題に入る。袖の中に隠してある仕込みトンファーを用意しておく。勿論ここで断れば、ヒバリは相手に暴行を加えることは間違いない。
 老人は瞼を下ろして数秒待つ。表情は頑ななまでに硬い。ヒバリもその猶予を許した。

「…ドン・ボンゴレならば喜んで。この茶葉達も喜びましょう」
「契約終了だね。そうだ、ドン・ボンゴレ御用達とでも張り出しておく?」
 茶化したかのようにヒバリは言うが、それに首を振って否定したのは老人だ。

「いえ、それではドン・ボンゴレに迷惑が掛かりましょうし…それに、この店はひっそりとやっておきたいのですよ」
「ふうん、そう。じゃ、そこのケニアを一袋」
 その否定をまたさらりと流して、ヒバリはカウンターにある茶葉を指さした。老人はそれを手慣れた仕草で袋に詰める。
 それを受け取って、ヒバリは背中を向けた。そして扉を開く。

「あ、そうそう」
 外に足を踏み出す前に、ヒバリは振り返って老人に言った。

「そういえばここ、紅茶専門店の中ではトップなんだってね。フゥ太がそう言ってたよ。昔は情報屋としてもトップだったみたいだけど…悪いね、今は僕だ。
 だけど、君には期待してるよ」

 そして外に足を踏み出す。後ろからは老人の、「これからもよろしくおねがいします」という、嗄れた声が聞こえてきた。


***
Sig.というのはイタリア語でMr.に値する言葉。
ちなみに、実はこんなに殺伐とする予定ではなかったり。