La sua cosa favorita


「あ、恭弥兄!」


 道を歩いていれば、向こうから自分を呼ぶ声が聞こえた。
 一応立ち止まって声の方向を見る。だが見なくともそれが誰かなどヒバリには分かっていた。

「…誰が君に名前を呼ぶことを許したの?」
「アハハ、ごめんなさいヒバリ兄。この通りだから、許して?」
 向こうから歩いてきた影はヒバリがそう恫喝すればすぐに両手を合わせて謝った。3つほど下の、甘い顔立ちの美青年。だが口調は相変わらずだ。

「…別にいいけど」
「うわあ! ありがとう、ヒバリ兄!」
 この感情の浮き沈みが激しいのも相変わらずだ。そろそろ子どもではないというのに、一体いつになったら落ち着くというのか。

「…それでどうしたの? 滅多に人前に顔を出さない君が、珍しいね。――――フゥ太」
 ヒバリが名前を呼んでやれば、フゥ太は嬉しそうに頷いて懐から巨大な本を取り出した。

「うん! 今日はヒバリ兄のランキングの書き換えに来たんだよ! それで、おめでとうヒバリ兄! 正確性、信頼性の高い情報屋ランキングでトップだよ!」
 パラパラとページをめくって確認する。確かにその欄でヒバリは一番上に書かれていた。

「…それは、君も抜いたってこと?」
「僕が扱う情報とヒバリ兄が扱う情報は種類がまるっきり違うからね。それに、僕の名前は最初からこのランキングブックに載らないように出来てるんだ。観測者がランキングブックに載ってたら洒落にならないよ」
「ふうん、そう」
 確かに適当にランキングブックをめくるが、どこであろうとフゥ太の名前はなかった。

「あ、でもねヒバリ兄! ヒバリ兄は敵に回したら怖いマフィア1位もとってるよ! 凄いね!」
「当然でしょ」
 むしろ自分より恐ろしいマフィアがいたらそいつには殴り込みにいかなければならない。

 そう考えていれば、ヒバリはあることに思い立った。自分のルートがダメならばこの子どもに聞けばいいのだ。
「…あぁ、そうだ。フゥ太。頼み事があるんだけど、いいかな」
「ヒバリ兄が頼み事してくるなんて珍しいね。いいよ、受ける。で、頼み事って何?」
「ああ…それなんだけどね、いい紅茶専門店を探してほしいんだ」

「紅茶専門店…? どしたのヒバリ兄、いつもなら自分で仕入れてくるのに」
「今年は気象状況が気象状況だったんでね、こっちのルートの農園が深刻なダメージを受けて紅茶が取り寄せられなくなったんだよ」
「それで僕の出番ってわけだね。いいよ、わかった。ヒバリ兄とツナ兄のためだしね」
「頼むよ」
 フゥ太はランキングブックをパラパラとめくる。そしてある一覧を指さした。

「ランキングブックに書いてある紅茶専門店のランキング1位は…このお店だね」
「…これ、見たことある気がするんだけど?」
 確か先ほどの情報屋の欄だったか。確か自分の下にあった名前だ。

「うん、ヒバリ兄はそうだろうね。この人裏では情報屋やってるし。それにこの人、信頼性、正確性の高い情報屋ランキングではヒバリ兄の下の2位だよ」
「へぇ、そうなんだ」
 そうは言ったものの、始末屋として覚える気などさらさらない。

「ってヒバリ兄、よく分からないのにそんなこと言ってたの?」
「格下は覚えない主義なんだ」
「アハハ、ヒバリ兄らしいね」
 フゥ太は笑う。ヒバリはそれを横目に、フゥ太とは別方向を向いた。

「それじゃ、ありがとう。また何かあったら頼むよ」
「え? ヒバリ兄場所は?」
「そんなことも自分で調べられなきゃ始末屋の名が廃るよ」
「わー、ヒバリ兄かっこいー!」
 フゥ太の素直な賞賛を受け取って、ヒバリは行きつけの店に歩きだそうとする。そういえば忘れかけていたが、ヒバリは今晩の夕食の材料を買いに来たのだ。
 そういえばついでに明日の紅茶も探し出さなければならないと考えたついでに、ヒバリはフゥ太に尋ねた。

「ありがと。…ああ、そうだ。綱吉が一番好きな紅茶って何か知ってるかな。あとお菓子も」
 フゥ太は目を丸くして、だけど突然呆れ果てた表情になった。

「そんなのランキング星に聞かなくても分かるよ。ホントに分からないの? ツナ兄の好物」
「…どういうこと?」
 そうは言われても、ツナは「美味しい」というだけだ。ヒバリにはどれが好物など見当もつかない。
 フゥ太は呆れ果てて、だけど意地の悪そうな顔で笑った。

「つまり、ツナ兄の好きな紅茶も、好きな食べ物も、全部ヒバリ兄が作ったり用意したものっていうこと!
 じゃあね、ヒバリ兄! 僕、今度は武兄のとこに行かなきゃなんないんだ! またね!」

 それだけ言えばフゥ太はすぐに元来た道を帰っていき、人混みに埋もれるように隠れた。ヒバリならばすぐに追跡できるだろうが、とりあえずやる気はない。無駄な労力は使わない。
 ヒバリは歩き出す。フゥ太はいなくなった。これ以上ここにいる意味もない。

 そして歩きながらぽつりと呟く。
「…相変わらず、無意識ののろけが得意だね、あの子は」

 次に行く時には久々に手作りのお菓子でも持っていこうか。

 これから買い足すリストの中に、ヒバリは密かに小麦粉と砂糖を付け加えた。