L'atto che lui dovrebbe amare di piu


 弾丸が飛び交う戦地。ツナは紙一重で銃弾を避け、近くにあった重厚なテーブルを盾にして身を潜めた。身を屈めた瞬間、東洋人らしからぬ色素の薄い髪が2、3本舞った。
 ツナはテーブルを壁に座り込んだ。テーブルからはビシビシと嫌な音を立てている。様々なマフィアを招いた高級レストランの重厚なテーブルだからこそなせる技だった。
 流石に疲れてしまった。今のところ逃げ回っているばかりで反撃の機会などないが、それでもいつまでもこのままというわけにはいかないだろう。

 そもそも、今回ツナがここにやってきたのは『ツナ個人』としてではなく『ドン・ボンゴレ』としてだった。新参者としてイタリアの土地を踏んだ新たなファミリーに、『ドン・ボンゴレ』としてイタリアでの心構えを教えにこのレストランまでやってきたのだ。
 それが一応この世界の慣わしだ。マフィアのトップに立つボンゴレファミリーのドンであるツナは、ツナ自身はそんなことを教えれるような身ではないと分かってはいながらも新たなファミリーがイタリアの地を踏む度にこうやって教えを叩き込むのだ。
 それで今回も同じようにしようとツナはここにやってきて、そして向こうがやってきて揃ったなと思った瞬間に向こうが銃を取り出して。
 高級レストランが一瞬にして血塗られた世界へと変貌した。

 こういった連中がたまにいるのだ。ツナは残り弾数を確認しながら思う。こっちがけじめとしてたった一人でやってきたと思っていたら、向こうは大勢でやってきて実はボンゴレを暗殺しに来ましたとか。
 一番最初は驚いてどうしようもなかったツナだが、その時はリボーンやヒバリさんが駆けつけてくれて助かった。次からはもう慣れてしまって、こうやって護身用の銃なんて持って望むというわけだ。
 …今にして思えば、あれはイタリアにやってきたばかりでてんてこまいのツナに対するリボーンの無茶な特訓ではないかと思う。死ぬ可能性はかなり高かったが、そのお陰で普段からヒバリに鍛えられていたツナはかなり鍛えられた。少なくとも死ぬようなことはなくなったと思う。

 残り弾層は4。事前にフゥ太から今回のファミリーの危険ランキングを聞いておいたので、いつもより多めに持ってきておいた。だがそれでもかなりの消費っぷりだ。いくらツナの腕がよかろうと、数が違いすぎる。いずれすぐ弾もきれて肉弾戦になる。

 肉弾戦といえば、とふとトンファーを思い出す。
 そういえば今、あの人は何をやっているのだろうか。ツナと一緒にイタリアに来たにも関わらず、何故かボンゴレにも入らずに始末屋なんてしている人、ヒバリさん。
 あの人は情報屋も兼ねているので、今回の可能性は見越していたはずだ。そしてツナがこういった状況になった場合は影ながら見守っているか、それとも――――

 ビシビシと樫の机が音を立てる。確実に崩壊寸前だ。盾として使ってきたが、もう使い物にならない。ああ、また弁償しなきゃあなあ。今年に入って何回目だろ、ここに弁償するの。もう5回はくだらないような気がする。
 そんなことを考えながら、ツナはテーブルを壁にするのをやめて体勢を立て直す。テーブルの隅から少し顔を覗かせれば、相変わらずの熱烈なラブコールの嵐だった。
「そんなに俺に死んでほしいのかなあ…」
 当たり前だ。ツナは、いや『ドン・ボンゴレ』はイタリアすべてのマフィアのトップだ。その地位を狙う者としては死んでほしいと思うのは当然だろう。そんなことは分かっているが、ここまでのものだと再確認させられるのも嫌だ。

 とりあえず盾の限界は見えてきた。いずれ崩壊するのも時間の問題ならば、もうここにいる意味もない。ツナはそう判断する。自分一人では切り抜けられなくとも、せめてみんなが来るまで逃げないと。
 盾代わりにしていたテーブルにかかっている、ボロボロで穴だらけになったテーブルクロスを引っ張りだして体にゆるく巻く。ボロボロになってはいるが白いテーブルクロスは、きちんと布の原型を止めた状態でツナの体を巻き付く。
「これなら…よし、」
 これだけボロボロでも、きちんと布としての形を保てているのなら。
 ツナはその状態で、今にも崩れそうなテーブルをこちらから蹴飛ばして、同時に真横に駆けだした。

 既にヒビが入っていたテーブルは粉々に砕け散って、銃弾はテーブルの破片を次々と打ち抜いていく。
 驚愕に目を見開くマフィア達の顔。だがすぐにテーブルクロスに身を包んだツナを確認して、こちらに向けて銃弾を発射してくる。
 だが外れだ。何のためにツナがテーブルクロスなんていう目立つ物を羽織ったと思っている。
 小柄なツナは基本的に急所を狙われることは少ない。身体が小柄である故に急所にも当てにくいからだ。確かに一発必中のリボーンのような殺し屋がいればツナといえども殺されてしまうだろうが、今のところそういった連中とは出会っていない。

 壁際を走っているツナの腕を掠める銃弾。だがテーブルクロスのお陰か、かすり傷程度で済んでいる。
 確かにツナは小柄だ。小柄だが、銃弾が当たらない確率はない。
 その確率を少しでも下げるために、ツナはこういった場合はまずテーブルクロスを羽織り自分の輪郭をぼかして逃げ回るのだ。

「ああもう、しつこいってば…!」
 銃弾は相変わらずツナに降り注いでいる。だがそれを紙一重で避け続けるツナは、決して自分のデリンジャーを使おうとはしない。理由は簡単、回避に徹した方が楽だからだ。それにこの状況で、どうやって反撃に出ろと言うのか。あまりにも数が多すぎる。

 だがその進路を阻む者がいる。
 大柄の、いかにもマフィアという雰囲気を醸し出している黒服の男がツナの進路を阻んだ。手には拳銃を握っており、間違いなくこちらの眉間を狙っている。
 男が何か言っているが、全速力で走り続けているツナには聞こえない。だが言っている内容など見当が付く。どうせ「死ね、ボンゴレ!」程度だろう。

 ツナはついにデリンジャーを構える。22口径のデリンジャー。殺傷性の低い、目の前の男が持っている拳銃からしてみれば玩具でしかないそれを、拳銃を構えている右手へと発砲する。
 至近距離で発砲した銃弾は勿論男の右手へと命中。男は銃を取り落とし体勢を崩す。その間にツナは一気に男との距離を詰めて、体勢を崩し前屈みになっている男の後頭部へとグリップを叩き落とす――――!

 これで一人は沈んだ。だがここに一人いたということは、近くに仲間がいるということになる。まずはそれを片づけないと。
「あ…!」
 身じろぎすれば隣に人の気配がした。どうやら隣にいたらしい。テーブルクロスのせいで視界が限定されて気付かなかった。ツナはもう邪魔だとばかりにテーブルクロスを人の気配がする方向に投げ捨てて相手の視界を封じ、その上から銃弾とグリップを叩き込む。

 二人目だ。クリアになった視界で取りあえず今の状況を確認。回りにいるのは屈強な黒服の男達が十数人程度。これくらいならツナ一人でも捌ける。
 全員を捌ききることは不可能に近いが、この十数人程度ならイケるはずだ。

 ツナは回りを取り囲む男達の一番手近な男へと距離を詰め問答無用で金的に蹴りを喰らわせ、ついでに腰の辺りに銃弾を一発。沈んだ男になど目もくれず隣の男へと駆けだして今度は鳩尾に拳を食い込ませ、それからまた次の男へと駆け出す。

 後少し、もう少し。
 男の右肩へと銃弾を撃ち込みながら、ツナは考える。
 自分がここから戻らなくなって一時間は経過した。そろそろボンゴレファミリーのみんながこの事態に気付いて駆け付けてくれるはずだ。ツナはそれまで持ち堪えていればいい。

 後少し、後少し、後少し。
 向かってきた男の米神にグリップを叩き入れる。男が一人沈む。

 だが後少しだというのに、体力の限界に近付こうとするこの身体は一体何なのか。
 情けないなあ、普段これでもリボーンとかヒバリさんとかに訓練つけてもらってるんだけど、書類仕事ばっかりだったから腕がなまったかなあ。

 そこに、男の一人が銃を構える。
 あまりにも大人数で乱闘をしていたせいか、今の今まで気付かなかった。しかも少し遠い。ここからでは遠すぎる。今のこの状況じゃ、あれを回避することはできない。
 男はツナの顔ではなく胴体の部分を狙っている。確かにそれが確実だろう。顔なんていう小さなパーツよりも胴体の方が銃弾が当たる確率が高い。

 あ、俺、死ぬかも。
 流石のツナも今回ばかりはそう確信した。あの銃弾を回避することはできない。回避するには、ツナの回りの男達を全員叩きのめして突破口を開かなければならない。

 ああ、ごめんねみんな。俺はちょっと大怪我を負います。死ぬかも知れないけど、許してね。特に獄寺君。
 男の指がトリガーを引いた。ツナは向かってくる銃弾をコンマ0秒以下の、コマ回りのような空間で見ながら――――、

 キィン、と。
 上空から飛来した何物かに、銃弾が弾かれたのを、見た。

「…え?」
 呆気にとられてしまうツナ。慌ててその飛来した何かがやってきた方向を見るが、そこには誰もいなかった。ついでに飛来した何かも確認したかったのだが、確認する暇もなく敵はこちらに押し寄せてくる。
 取りあえず、まずはそれを捌いていくことにしようと思った瞬間。

「ご無事ですか! 10代目ぇ!!」
「無事か! ツナ!」
 そこにようやく、救いの手が現れた。

「獄寺君! 山本!」
 レストランの扉が開き、外からやってきたのは獄寺と山本だった。それから後ろに着いてくるボンゴレファミリーのみんな…。あ、キャバッローネの人達もいる。ディーノさんはいないけど、多分ディーノさんが貸し出してくれたんだろうなあ。

 思わぬ援軍に呆気にとられた男達に、ツナはデリンジャーのバレルで鼻柱を叩き折るほどに強く打つ。
 何時の間にやら後ろには二人がいて、ツナの背中は二人で守ってくれるようだった。
 ツナは嬉しくなった。だって自分の背中にはファミリーがいるのだから!

 そして、戦闘は再開された。
 あとは殲滅戦を繰り広げるだけだった。


***


 戦闘が終わり、後は事後処理だけでツナの役目は全て終わった時、ふとツナは先ほどの場所に戻っていた。ツナの身を守ってくれた『何か』が飛来した場所だ。
 あれは一体何がやってきたのだろうか。今の今までそれが何か確認すらできていなかった。今はもうないかもしれないが、とりあえずここまでやって来た。

「…あれ?」
 下を向いて、その『何か』を探していれば、視界の端に黒い固まりが見えた。拾えばそれが見慣れたものだということが分かった。黒くて細長い、円柱状の金属。ツナが見慣れている、それ。ツナのよく知っている人の愛用の武器。
 これがツナに飛来してきた銃弾を打ち落とした『何か』であることは状況からして言うまでもなかった。それは間違いない。ツナもそう思う。
 だがこれがここにあるということは、そしてこれの持ち主が今ここにいないということは。あそこでツナを助けてくれながらも、正々堂々と助けてくれなかったということは。

 そしてそれと同時に、俯いているツナの視界の端に、黒髪の。
 ツナは思わず顔を上げた。あれはあの人だ。あの目立つ人を、ツナが間違えることはない。

 ツナは落ちていたトンファーを握りしめ立ち上がり、事後処理の指示をしている獄寺に叫んだ。
「獄寺君! 俺ちょっと行くところがあるから!」
「え!? 10代目!?」
 ツナはその人が向かっていった方向へと走る。その人はレストランの奥に入り、隠し扉を抜け、そして――――

 そして、円形の広間に辿り着く。
 このレストランのどこにこんな場所があったというのか、広い、ただ広く簡素で何もない広間の中央に、あのレストランで事後処理をしている人達を同じような黒服を身に纏った、あの人がいた。
 ツナが何と言おうか考えている間に、あの人は自分から口を開いた。

「やぁ、見事な殺しっぷりだったね、綱吉」
「人聞きの悪いことは言わないでくださいよ、ヒバリさん。俺は誰も殺してませんってば」
 ツナは中央にいるヒバリに近付いて、彼の所有物であるトンファーを渡した。これで彼が持っているトンファーはきちんと二本。これで揃った。

「そうだね、君は誰も殺してない。でも死ななかったっていうことは、僕と彼の訓練が役に立ってるってことかな」
「はい、そうですよ。じゃないと俺は今生き残れていません。
 でも、ちょっと腕が鈍ってるみたいです。今までデスクワークばっかりでしたから」
「ふぅん…、もうちょっと厳しいのにしてもよかったかな」
「いや、それは勘弁してください。ホンットに勘弁してくださいマジで勘弁してください」
 本気で平謝りするツナ。このままいけば土下座でもしてしまいそうな勢いだ。
 そうやって普通に何てことのない会話を繰り広げ、そしてその後にツナはふと表情をなくしてヒバリを見た。

「やっぱり、ヒバリさんだったんですね」
「ああ、そうだよ」
 当たり前のように、至極あっさりとヒバリは頷いた。ツナが何に対して尋ねているのか、明確に言ってもいないというのに、その全てを肯定するかのように。

「まったく、新しくファミリーが来る度に俺にけしかけるのは止めてくださいよ。どうせまたヒバリさんが言ったんでしょ? ボンゴレファミリーを潰すなら今だ、みたいに。
 そんなこと繰り返されれば、俺、命が幾らあっても足りませんよ」
 今までのことを思い出す。その時も確か真相はそんな感じだった。

「ああ、でもこれも赤ん坊と僕の訓練の一環だよ。その中で僕はこういった連中をけしかけるのが役割でね。
 でもいいじゃない、今度も生き残れたんだし」
 ヒバリはあっさりと言い放つ。その言い方は聞き方からすれば多少薄情にもとれるが、ヒバリにとっては間違いなくそれが掛け値なしの本音なのだ。

 ツナはため息を吐いた。この人、本当に相変わらずだ。

「次はどうか分かりませんよ…。俺、死ぬかもしれませんし」

 その可能性は大いに有り得る。今日だってヒバリがあそこでトンファーを投げてくれなかったら、ツナの命はなかっただろう。
 だがヒバリはそれを当然のように否定するのだ。

「それは有り得ないよ。君は僕が殺すんだから」

 ツナは目を丸くして、だけど何故かすんなりとその言葉が胸に入ってきて。だから思わず口をついて出てしまっていた。

「あ、ありがとうございます…」

 何だか酷く間抜けな感じがしたが、それでもいつの間にか口について出ていたこの思いは本当だ。
 すると、ヒバリが笑った。声を上げて笑った。

「何? それは君にとってお礼を言うような言葉なんだ」
「え、えーっと…何となく」

 何となく。そう、全ては何となくだ。
 確かに言われた言葉は酷いものかもしれない。だけど、ツナにはその言葉が物凄い殺し文句に聞こえたのだ。

「ふぅん…、何となく、ね」
 そう言ってそれでも笑っているヒバリは、今もトンファーを構えた腕を下ろすことはなかった。
 その普段とは何ら変わらない、何てことはない姿に、ツナは今だけは何故だか酷く違和感が走ったのだ。

「…でも、ヒバリさん。
 ヒバリさんがリボーンに言われただけで従うのはどうしてですか?」
「どうしてって?」
「だって、ヒバリさんが自分の利益にならないことをするなんて、おかしいじゃないですか」

 そうだ、この人はずっと昔から、それこそ自分と出会った頃からこの人は自分のことばかり考えて行動していて、なのにどうして今回のことに加わっているのかとても不思議で。
 そして、(ツナにとっては)全てが終わったというのに、彼がトンファーを構えているのは一体どういうことなのか。

「…鋭いね」
 ヒバリが目を細めた。目を細めて、静かに唇の端を歪めた。


 ゾクリと嫌な予感がした。


 振り下ろされるトンファー。
 ツナはそれを紙一重という瞬間でデリンジャーのバレルを使って受け止め、同時に慣性の法則に従ってそれを力の方向に受け流していく。
 鈍い音が辺りに響いた。

「ヒ、ヒバリさん…」
「君が言ったんでしょう? 僕は自分の意図が絡まない限り自分では動かない。僕にもそれなりの意志がある。
 ねぇ、綱吉。何で僕が君のファミリーに入らなかったか教えてあげよう。それはね、こういった状況で君と殺し合えないからだよ」
 そして凶悪に笑う。

 ツナはもう一度デリンジャーを構えた。これは、このままでは終わらない。
 ヒバリが何を思ってツナと殺し合いをしたいと思ったのかは分からないが、これは反撃しなければ確実にこちらがやられる。

 ザ、と後ろに飛んで距離をとる。せめてあのトンファーの射程距離からは出なければならない。
 ヒバリはツナの行動の意味を認め、嬉しそうに笑ってトンファーを構えた。


「さあ綱吉――――、殺し合おう」


 ヒバリがこちらに疾走してくる。
 ツナは、ヒバリに殺されるというそのことがどれだけ甘美であろうかと夢想しながら、こちらも疾走を開始した。