繊細と暴力と。


 どうして自分はこんなところにいるんだろう、ツナはつくづくそう思う。


 現在ツナがいる場所は応接室だ。あの噂の風紀委員長が陣取っているという並盛中随一の危険スポット、生徒であろうと教師であろうとこの街で行きたくない場所で5本の指に数えられるであろう場所だ。

 ツナはそこに招かれていた。先ほど校内放送で呼び出された為だ。ちなみに何故呼び出されたかなんてツナは知らない。最初にここの主であるヒバリにそれを聞いたら殺されそうになったからだ。
 ツナは柔らかな応接室のソファに座りながら、目の前にある湯気の立っているカップを見ていた。

「あのー…ヒバリさん、これは…」
「紅茶。冷めるからさっさと飲んだら?」
「あ、は、はい! いただきます!」

 ツナは多少慌てた動作で紅茶に口をつけた。ヒバリには何回か紅茶をご馳走になっているが、相変わらず美味しい。ツナにはそれ以上の感想を言うことはできなかったが、とりあえず美味しかった。

「どう?」
「あ、美味しいです、すごく」

 ただそれだけを伝えると、ヒバリは「そう」とだけ言って冷蔵庫からケーキを取り出した。今回も何も言われないということは、ヒバリはツナの答えに満足しているということだ。そのことは心からよかったとツナは思う。だが何で応接室に冷蔵庫なんて物があるのか、そういえばよく分からないけどこのソファも結構高価っぽいんですけど。ツナは同時にそう不思議に思った。

 ヒバリは何も言わずにツナの目の前のソーサーの隣に取り出したケーキを置いた。ツナはまじまじとそれを見る。これは食べていいということなのだろうか。

「あのぅ、ヒバリさん…」
 自分の役目は終わったとばかりにツナと向かい合って座るヒバリに声をかける。

「何?」
「これ、食べてもいいんでしょうか」
「いいに決まってるじゃない。食べるんなら食べたら? 君の口に合ったら、だけど」
「あ、は、はぁ…」

 口ではそうは言っていながらも、ヒバリの差し出した菓子ならばどれだけ不味かろうと美味しいと言って食べきるだろう。それがポイズンクッキング並の料理でなければ。
 それに自分の分だけではなくヒバリの分のお菓子も机に置いているということは、ヒバリも食べるということだ。ならばこのお菓子で身の危険はないだろう。

「じゃ、じゃあ…いただきます」
「どうぞ」
 ヒバリに促され、ツナはフォークを手にとりケーキの先端を切って口に含んだ。

「あ、美味しい」
 思わず呟いてしまった。口の中に上品な甘さが広がる。甘い物が苦手な人でも食べることができる甘さ。ツナは結構甘い物が好きなのでもう少し甘くてもよかったが、これはこれで好きだ。

「そう、よかった。実はこのケーキ、僕が新しく作ったんだけどまだ誰にも食べさせたことがなくってね。試食が必要だと思ってたんだ」
 優雅に紅茶を飲んでいるヒバリとは対照的に、ツナは驚愕に目を見開いた。

「え! ということはこれヒバリさんの手作り…!?」
「だからさっきからそう言ってるじゃない」
 ヒバリはカップを片手に持ちながら、呆れたようにツナを見る。だが肝心のツナはそれどころではない、だってこの繊細そうなケーキをヒバリが作ったというのだ…!

「あの、ヒバリさんって、料理とか上手な人だったんですね」
「何? そんなに意外?」
「えっ、いや、そういうわけではなく!」
「いいよ、別に。言われ慣れてることだし」

 平然と紅茶を飲むヒバリ。でも何となく考えれば、この人これくらいできそうだ。なんか何でもできそうな気がするし。
 ああでもなんだか普段トンファーを振り回してるヒバリと、ケーキを作ってるヒバリがどうしても一致しない。むしろこの人がケーキ作ってる絵を想像したらとても笑える。流石に表に出して笑う気はしないけど。

「…あの、ヒバリさん。もしかして俺をここに呼んだのって、このケーキを食べさせてくれる為ですか…?」
 ツナはケーキを食べながら問う。最初のようにヒバリはトンファーを振り回すかと思ったら、そうはしなかった。

「さあ…気まぐれだよ、ただのね」
 そしてヒバリは紅茶に口をつける。


 それから二人の間に会話はなかった。だけどケーキも紅茶も美味しいし、招いた当の本人はツナに理不尽な暴力を振るおうとはしないし、こんなのもいいんじゃないかなとツナは心から思うのであった。