Noble Wish
1st


【 2 】

 星々の間をすり抜けるように夜の中を歩く。
 遠い墓石は遙か彼方へと置き去りにし、スマイルとリデルは互いに言葉を交わすことなく、スマイルが先行する形で夜を歩いていた。
 交わす言葉も、口に出す想いも、何一つない。あったとしても、それはここで言うべき言葉ではない。それだけは互いに共通する想いであった。
 故に、二人の間に言葉はなかった音はなかった沈黙があった。だが、それだけで十分だろう。リデルはそう思う。それ以外に何を望めというのだ。
 スマイルの体が右に曲がった。リデルもそれに続く。
 スマイルは気まぐれという言葉のままに、リデルのことを気にする様子もなくさまよった。リデルはそれに無言で着いて行く。それはきちんと舗装されたレンガ道であったり、砂利道であったり、獣道であったり、様々だ。スマイルはリデルを気にする様子もなく歩いて行くが、繋いだ手が離されることもなく引っ張られることもなく自然だったので、やはりこれはこれで気を遣っているということなのだろう。彼は小柄なリデルとは違って長身だ、リデルとは歩幅が違う。さっさと先に行って見えなくなることなど造作もないだろう。
 それに、彼には正真正銘その姿を『見えなく』することもできるのだ。何故なら彼は透明人間。その包帯も奇妙な色の肌のメイクもその為だ。彼がそれら全てを取った場合、彼の姿が分かる者は片手の指で事足りる。そして、リデルはその片手の指で事足りる人間の一人であった。
 だから、どこに連れて行かれるのだろうとか、置いて行かれるのでは、などという不安はまるでない。例えスマイルの姿が見えなくなったとしても、リデルはスマイルの姿を見つけることができるし、スマイルがリデルを置いて行くなどということは考えられないことだからだ。
 それに、スマイルが歩く場所は何かしら一つは何か美しいもの、可愛らしいもの、感動できるものが転がっているのだ。それは久方ぶりに世界を見るリデルには、高名な芸術家が描いた至宝と呼ばれる名画よりも美しく感じられた。
 世界はこんなにも美しいものだと、リデルは知らなかった。
 前方を歩くスマイルを見る。スマイルの様子は生前にリデルが関わった時と何一つ変わらないような気がする。彼はいつも自分本意に行動し、後でそれが自分の為だったのかと気付くのだ。あの広い空虚な部屋でもそうだった。
 すると、思考は当然のように最後に行き着くのだ。もしかして、これは自分の為なのだろうか。スマイルはいつものように笑っている。その様子があまりにも彼らしくて、リデルも微かに微笑んで、心の中でだけ礼を言った。
 偶然か否か、それを察したようにスマイルが立ち止まった。ついで、リデルも立ち止まる。リデルは夜空を眺めているスマイルを見た。
「さぁて…そろそろ行こうかねぇ……」
「どこへ?」
「僕が今住んでいる場所さ。ここらで『成り立て』や『生まれたて』はそこに連れてかなきゃならないことになってるんでねぇ…」
 その名の通りに笑うスマイル。リデルは直感的に分かった。スマイルが言っているのは、どこの世界にでもいる元締めだ。リデルは表現を変えた。
「つまり、私の時代でいう領主ね」
「その通り。まぁ、どっちかと言えば君の時代なら公爵が近いんじゃないかい?」
「…そこまでは私には区別しかねるわ。私は彼の方にお会いしたことはないのだから」
「確かにねぇ、ヒッヒッヒッ…」
 領主。
 それはこのメルヘン王国には当たり前の存在の、闇に属すを統べる者の名である。
 人間を含む様々な者の中立に立ち様々な厄介事を受ける、その様に生きるようにして義務付けられた生まれながらにして高貴なる者。
 それが領主という存在だ。領主は地方ごとにその土地を治めており、その地帯の闇に属す者を管理している、まさしく『領主』なのだ。今まで眠りについていたリデルにだって分かる。眠りについていた場所である土地が教えてくれた。
 だが、それと公爵などの位は違う。爵位はゾンビや透明人間、狼男のような生まれながらの位ではなく、品位や言動、誇りなど本人の性格や質によって周りから決められるものだ。故に、領主などとは違い誰でも持つことができる位でもある。だが、周囲の評価は手厳しい。本来ならば爵位を貰うことも難しいのだ。
 スマイル曰く、これから会う人物は公爵並であるらしい。その人物に、自分はこれから会うのだという。リデルは体が重くなった。
 中立でありながらにして裁く立場でもある領主。そのようなならばさぞかし厳しい人なのだろう。そうでもなければ、そのような仕事をすることはできない。そして同時に、領主というからには真っ当ではない人格の者がゴロゴロしている可能性もあるのだ。この可能性は公爵ということで失われたが、侮れはしない。どこまで信用していいのかは分からないのだ。
 そして、この可能性が一番重要なのだが、その領主はスマイルと仲がよいということなのである。あのスマイルと仲がいい。それはどのような人格者か、それとも同類か。リデルは考えられる可能性を全て考えつくして覚悟を決めた。
「…分かったわ、行きましょう」
「ヒッヒッヒッ…そんじゃ、一名様ごあんなーい☆」
 決死の覚悟をしたリデルとは裏腹に、スマイルはいたく楽しそうである。そういえば、この男は昔から人の嫌がることや悪戯が好きだったなと思い出して、少し笑えた。