時は、過ぎて
 再び、巡り会う

 今度出会ったら、大切にしようと決めたその日。
 僕はもう一度その人に出会った。



the fools
1/She is dream. She is me.



「シュバリエ」
「何でしょうか、父上」

 家族全員で取った食事を終えて、まるまると太ったこの国の国王である父は話しかけてくる。年とってもこんな風に太ったりはしないようにしよう…。昔は剣聖と言われたのに、今はコレか。無様だ。

「一つ頼みがあるのだが…」
「見合いならしませんよ」

 父が最近画策している見合い話は、僕の耳へと入ってきた。
 しかし、何故僕を見合いさせようとさせるのだろうか。確かに僕は第一王子だけど、自分の相手は自分で見つけるつもりだ。父上だってそうして母上を見つけたのだから、結婚に関しては何も言えないはずだ。
 思わずため息が出た。しかし、次の言葉に僕は眉をひそめる。

「そのことではない。ノワールのことだ。」
「…ノワール?」

 父上の口から出た言葉は一人の女性の名前だ。数年前に少し付き合いがあり、今はその付き合いが完全に途絶えている人。僕とは似てもにつかない、優しくて穏やかで、少し天然が入った、純水無垢な素朴な人。
 付き合いが途絶えているといっても、どこで何をやっているのかは完璧に把握していた。


 ――――当たり前だ、彼女は聖女なのだから。


 3年前、彼女は突然現れた。魔神を倒した聖女として。我が大陸で主流となっている宗教の象徴とされて。それでも、民衆の前に突然たった彼女は、戸惑いながらも僕の知っている彼女だった。
 しかし、最初の頃は民衆の前に出てきていた彼女も、突然表舞台に立たなくなった。

 理由は、なんとなくわかる。恐らくは、彼女は自分が聖女に祭り上げられたということを全身で拒否しているのだろう。今は断食してもう3年も経とうとしている。そして、彼女が部屋に籠もって表へと出ようとしないのも、もう3年たった。

 周りは、彼女のことを何も知らない純粋な民は、彼女を神聖なものとしてみている。
 今回のことも、身体の汚れを取りはらい、女神に祈りを捧げているのだろうと思っている。
 父も、弟も、妹も、宰相も、騎士団長も、我が王家で彼女に関わったすべての人間も、そう思っている。本当に、心から。

 何故それが間違っているということに気付かないのだろうか。彼女は全身で拒否しているのに。全身で拒否してもう3年も経とうとしているのに。
 どうして、周りの人間は何も気付かないのだろうか。そして、この僕を含めて幾人が気付いているのだろうか。彼女の唯一の肉親である父親も、気付いていないのだろうか。

「シュバリエ? 聞こえておるか?」

 本当に、目の前には父がいた。このままキスでもできそうなほど近い。かなり驚いたけど、普段のポーカーフェイスで何とか取り繕った。…やはり、この父の相手をするのは疲れる。
 まぁ、今回はこちらにも非があったのであまり気にしないことにしよう。

「はい。聞いておりますが、何ですか? ノワールさんに何かあったんですか?」
 …ここからが本題だ。一体どこまでこの狸と呼ばれる父に探りを入れられるかで、彼女のことに対処できる。

「うむ、お前に彼女に会いに行って欲しいんじゃ。」
「…は?」

 父がさらりと言った言葉は、今まで自分が父に言い続けていた言葉で。何回も何回も言ったのに、結局は断られ続けていた、そしてもう諦めようとしていた願いが、実現された。

 しかし、一体何があったのだろうか。
 彼女に会いたくて何回も国王である父が命令しても拒否したあの頭の固い連中がトップに立っているあの宗教が、突然手のひらを返してきたとなると、何かあるに決まっている。

 いや、それ以上に危険なのは、目の前にいるこの古狸と呼ばれる父だ。
 この人は何か楽しいことでもないと動こうとしない。今まで僕の願いを叶えてくれていたのを面白そうだから、で片づける父親だ。母と結婚したときも同様の理由を使ったらしい。今度も何かあるに決まっている。

「父上、今度は何をたくらんでいるおつもりですか?」
 思わず目尻がつり上がったのを感じた。それだけ信用がないということで許して貰おう。

「企んでおるなど人聞きの悪い。今回は向こうから話が来たのだぞ?」
 久しぶりに、何も企んでいませんと言わんばかりの人のよさそうな笑顔を見せる。

 …嘘だ。それだけは絶対に嘘だ。

 面白くなさそうだったら、どんな名案だろうが却下してしまうこの父親にそんなことは通用しない。それが国民に向かわないことが、流石国王と言うべきであろうか、流石僕の父親と言うべきかなり悩むが、そのことは置いておいた。

 しかし、事態は思った以上に深刻そうだ。こちらの言うことを渋々了承したのではなくて、向こうからの申し出があったということは、彼女はかなり危険な状態にいるということがわかる。
 しかしまぁ、本当に予想通りのことになってしまった。こうならないように、僕は彼女に面会を申していたのに。

 だが、これを逃したら後がないということはわかっていた。だからこそ、僕は―――


「父上。そのお話、お受けいたします」


 当然のように、受けた。


***


 そうして今、僕は彼女の部屋の前にいる。隣には彼女の侍女だという女性。

 侍女に案内されているときに聞かされた彼女の印象は、僕が知っていたときの彼女とは似てもつかないようになっていた。かなりの悪評だ。僕だってここまで彼女が変わっているとは想像がつかなかった。思わずため息が出る。

 これは、相当覚悟しておいた方が身のためだ。取りあえず侍女を下がらせる。周りに誰もいなくなったのを確認してから、僕は彼女の部屋の扉をノックした。

「…どなた?」

 か細い声が聞こえてくる。昔の天真爛漫な彼女とは大違いな、静かな口調。
 その声を聞いて僕は眉をひそめる。本当に、想像通りになっているかもしれない彼女にもう一度ため息をついた。僕は彼女の問に答えずに、部屋の扉を開けて、言う。

「お久しぶりです、ノワールさん。シュバリエです。」

 僕がそう言うと、彼女は不思議そうな顔をしていた。それはそうだろう。
 今まで侍女以外に誰も入ろうとしなかった部屋に、僕が入ってきたんだから。それに、彼女とは3年ぶりだ。

「…お久しぶり、王子様。それで、何のご用?」

 静かな、ともすれば冷たいと聞こえる口調で彼女は言う。何を考えているのか解らせないための、冷たい口調。

「あなたに会いに来ました。」

 そう言えばもっと不思議そうな顔をした。しかし、その表情がすぐに無表情へと変わる。
 次に言う言葉は、何となくだが予想が付いていた。

「…あなたの父君にでも、言われてきたの? 残念だったわね、私には聖女の加護なんてない。それがわかったら、さっさと行ったらどう? もう、ここにいても無意味よ。」
「そういうわけじゃありません。あなたも父にあったことがあるのですから知っているでしょう、あの人はそんなことを全くもって期待していません。」

 …本当に、想像通りの台詞が出てくるとは思っても見なかったが、だからこそ、僕も考えていた台詞をそのまま返した。

「そうね。あの人はそういうことを期待していないわ。」

 そう、皮肉そうに言う彼女に対して感じたのは、既視感。何に対してなのだろうか。それはもう、分かり切ったことだった。


 今までの、僕が知っている彼女は、明るく、優しく、穏やかで激情家。誰にだって慈悲深くて、行動的で、その正義感からか、周囲からの信頼も高かった。
 その容姿も、長い黒髪は手入れがされておらず、かなりぼさぼさで、肌は冒険者特有の少し焼けた茶色。
 そして、その瞳は行動的でまっすぐな彼女の意志の強さを表しているようにひどく強くて、彼女が確かに力強く生きているということがわかるくらいに、そしてそれ故に、美しかった。

 だが、今の彼女は、表面的とはいえ、暗く、冷たく、何に対しても無関心。言う言葉はすべて皮肉を言っているように聞こえる。
 長い黒髪は確かに手入れをされていて美しい。身体は肉付きはよかったが、肌は青白いと言っていいほど白い。

 何よりも変わったのは、その瞳。

 瞳は確かに美しかったが、それは硬質なもので、宝石と同じようなものだ。故に、生気が全くもって感じられず、ただただすべてに対して無関心だということが現れていた。
 そして、瞳の奥に隠されていた、確かな孤独。この世界のすべてに対する、絶望。


 感じた既視感は何に対してだったのだろうか。そんなことはもう、分かり切ったことだった。それは、この僕自身。彼女は、僕に似ているのだった。



 僕の知っている彼女は夢。
 だから僕は、彼女を守ると誓う。