【 plologue 】

「…クリスマス?」
 静かなる書庫に響いたあまりにも聞き及んだことのあるフレーズに、リデル・オルブライトは思わず問い返してしまった。
 クリスマス、と呼ばれるそれは、人間であったリデルには馴染みがありすぎる単語だ。キリストと呼ばれる聖人の聖誕祭。聖なる御方の誕生を祝い、世界に感謝する日。リデルも人間だった頃は、屋敷の者総出で豪勢に艶やかにクリスマスを行っていた。
 だが、今年からはそんなものあり得ないと思っていた。行っていたと言ってもそれはリデルが人間である時のみで、現在のリデルはアンデッドだ。
 不死者――――アンデッドとも呼ばれるそれは、人間から再び生き返り命を宿した者である。死した時に何らかの恨み辛み、もしくは無念を持った者が数百年の時を越え、命を宿すのだが、時には何の後悔も残っていないというのにも関わらずアンデッドと化す者もいる。それは呪いなど他者からによることがほとんどで、リデルは後者に値した。そしてそれらは総じて生き返った時点で闇に属すことになるので、今年はクリスマスという聖人の誕生日など全く関係はないと思っていたのだが――――、
「…メルヘン王国もやるというの? スマイル」
「そーだよ、知らなかったのリデル」
 スマイルはヒッヒッヒッといつもの嘲笑ともつかない笑いをリデルに見せた。リデルは目を見開いて、呆然と唖然とスマイルを見る。関心している、ともとれる表情だ。
「…知らなかったわ。生前お前は私にそんなことを話はしなかったし、こちらに来ても闇に属す者と言われて聖なる者を祝うとは思ってもみなかったもの」
「そーだね、僕も言った覚えはないし」
 リデルは不死者として目覚めてから、その寿命に比べれば僅かの時間しか経っていないが、こちらの知識については奇妙なまでに保有していた。その知識の保有元の大半はスマイルだ。生前からの付き合いであるスマイルは、その時病を抱いていたリデルの寝物語に自分の故郷――――つまりはメルヘン王国のことをよく聞かせた。寝物語なのだから夢現の状態で聞いていたにも関わらず、リデルはそれを覚えていた。それに加えて不死者として生まれた時には何故か事件に巻き込まれ、そのせいか余計に知識を溜め込むことになってしまったのだ。
「ええ、私もそんな記憶はないわ。それで、何故闇に属す者私たちが聖なる者であるキリストを祝わなければならないの? 私が目覚めた年から今まで、クリスマスも何もしなかったのに」
 そう、リデルが疑問に思うのはそこだ。確かにリデルが目覚めてからその寿命に比べれば雀の涙ほどの僅かな時間しか経っていないが、それでも10年程度は経っている。その間、今の今までクリスマスなどという単語など出てはこなかったのだ。それが何故今更という気分にもなるだろう。
「――――別段、今までクリスマスを忌避していたわけではない」
 そこに、リデルのものでも、スマイルのものでもない、玲瓏と、凛とした声が響いた。リデルとスマイルは声の主へと顔を向ける。
「ユーリ」
吸血王ロードヴァンパイア
 ユーリは辺りに靴音を響かせてこちらに歩いてくる。リデルはそれに、居住まいを正し礼をして出迎えた。ユーリは当然のようにそれを受け取って話を続ける。
「我らは闇に生きる者だが、聖なる者と敵対する者ではないからな。むしろ彼らは愛すべき隣人だ。本来なら歓迎せねばならないが、そこは古くからの因縁があって今までは為さなくてもいいという判断だったのだが…」
 珍しく、苦笑を浮かべるユーリ。視線を窓の外へと向けた。リデルも同じく窓の外へと視線を向けた。
 窓の外には雪景色。白く染まる庭園の中、黒い少女が一人ぽつんと佇んでいる。
 彼の少女はこの城に住む者、全てにとっての愛し子。
「…人が増えてきたからな、この城も。何、久々に聖人を祝ってやるのも一興だと思っただけだ」
 吸血王と呼ばれるその人が、その少女を瞳に移すときに宿る色は、間違いなく慈愛で。
 リデルは何故彼の吸血王がこのようなことを言い出したかを理解した。
「――――成る程。ならば今ここにアッシュの姿が見えないのは、これからのパーティーの為の料理を作っておられるのですか?」
「その通りだ。様々な者に招待状を出しておいたので、今頃あれはてんてこ舞いだろう」
「…ユーリ、それは死刑宣告ではありませんか?」
「アッス君も大変だねぇ」
 他人事のようなスマイルの声。思わずリデルの頬が引きつった。何を言っているのかこの二人は。確かにこの二人に調理などと言う高等技術は期待はしていないが、そういうことを一人に任せるというのは如何なものかと思うのだ。
 リデルはため息を吐いてユーリとスマイルに背を向けて扉へと向かう。為すべき事は一つだろう。
「…わたくしもアッシュを手助けに参ります、ユーリ。スマイル、お前も手伝いなさい。一応調理技術は持っているでしょう。私に食事を与えたぐらいなのだから」
「えー? 僕もー?」
「とりあえず着いてくるだけ着いてきなさい。カレーを作ってもいいから」
「ヒッヒッヒッ…、じゃあ僕も頑張ってみようかねぇ」
 最後は一礼することなくリデルは扉を開いた。そのまま立ち去ろうとしたが、一つだけ言いたいことがあったのだ。
「そういえばユーリ、早くかごめを迎えに行ってはどうです? 雪原が美しいのは分かりますが、長くいれば風邪を引いてしまいますから」
 まるで母のような発言を。あの愛し子が風邪を引いたなど、それが何者であれ己はきっと許せそうもないのだ。
「――――そうだな、心得た」
 立ち去るリデルに掛けられた声。リデルには見えないが、きっとユーリは微笑みながら窓辺に佇んでかごめを見守っていることだろう。
 背後にはきちんと着いてきているスマイルの気配。扉が閉まる音を聞きながら、リデルは振り返ってポケットからリボンを取り出した。
「さて、スマイル。お客様を持て成すために、私たちも調理に参加しましょう――――」
 さぁ、一日はここから始まるのだ。



ハッピーメリークリスマス



【 ver.M×O 】

「…何だ、これ」
 ミシェルは机の上に置かれた封筒を手にした。真っ白で上質な手触り。しかもご丁寧に『Dear A,Michel&Ms.Clock』と書かれていた。見覚えのある筆跡だ。しかもオフィーリアのことをミスクロックと書いているところからして、差出人はたった一人しかいない。
 ミシェルは封筒を裏返して差出人と蝋印を確認する。やはり想像通りの名と印が刻まれていた。全く、本日は一体どんなご用件か。というか手紙ではなく直接連絡を取った方が早いのではないか。
「それ、回りでふわふわしてたから拾ってきたの」
 そんなことを考えていれば、いつの間にか隣に姿を現していたオフィーリアが口を挟んだ。どうやらこれはオフィーリアが拾ってきた代物のようだ。しかも回りでふわふわしていたとは…。
「って、オフィーリア。また拾ってきたのかい? 何回も言ってるけどあんまり拾い物しちゃ駄目だよ、今回は大丈夫だって分かってたからいいけど、本当ならどんな危険物か分からないんだからね」
「うん、でもユーリからだから大丈夫だって思ったの」
 どうやら差出人がユーリだと言うことを確認した上で拾ってきたらしい。確実なる進歩だ。ここにやってきた当初はそんなことも気にせずに空間と空間の間に漂っているよく分からない代物を拾ってきて、何度も大惨事を引き起こしたものだ。
「それで、オフィーリアはこれの中身を知ってる?」
 ふるふると首を横に振るオフィーリア。そういえばオフィーリアに透視の術はなかったから、出来なくて当然かと考えて、ミシェルは封筒を開けた。オフィーリアも興味津々に封筒を覗き込んでいた。
 そして、そこから出てきたのは、予想通りの一枚の紙。三つ折りになっていたそれを開いて一枚の紙に戻し、ミシェルは目を通した。
「――――クリスマスパーティー?」
 思わず素っ頓狂な声を上げた。それからミシェルは首を傾げ、オフィーリアに視線を移す。
「オフィーリア、今日は何月何日だっけ?」
「12月24日。どうかしたの?」
 今度はオフィーリアが首を傾げた。この図書館には時間の感覚がないせいか、よく現在の日付を忘れてしまうのだ。ミシェルは「何でもないよ」と言って、また文面に向き合った。
 どうやらこの手紙に寄れば、本日12月24日から25日までユーリ城でパーティーを行うらしい。開催時刻は午後8時より、この招待状を持って盛装にて来られたし。ついでにこの招待状を読んだ人間は必ず来ることが厳命されていた。
「なぁに? それ」
「ユーリからのクリスマスパーティーのお誘いみたいだよ。オフィーリアの世界はクリスマスがあった?」
「うん、イエス・キリストの聖誕祭。プレゼントも貰ったよ」
 舌足らずな様子でオフィーリアは嬉しそうに言う。知識ではないソレを、記憶を失っているオフィーリアは本来なら知るはずもないのだが、オフィーリアは気付かない。ミシェルはご機嫌なオフィーリアに問いかけた。
「それで、どうしようか?」
「何が?」
「パーティーに行くか行かないかっていうこと」
「…行かなきゃいけないんじゃないの?」
 手紙にそう書いてある。オフィーリアはその一文を指さした。確かにもっともな問いだ。ミシェルは穏やかな笑みで答えた。
「確かにそう書いてはあるけどね、それは向こうからの命令なだけで僕らが従う理由なんて何もない。いざとなったら手紙がここまで届かなかったと言えばユーリも許してくれるよ。
 で、僕としてはどっちでもいいから、オフィーリアに任せようと思って。
 どう? 行きたい? 行きたくない?」
 紫水晶の瞳が困惑に揺れた。まだどちらをとろうか悩んでいる瞳だ。それからミシェルが持っている手紙を指さして多少言いづらそうに。
「…でもミシェル、これ、呪いかけられてる」
「え?」
 オフィーリアの言葉にぎょっとしてもう一度手紙を見た。今度は神経を鋭敏にさせ、そちらの方面を察知できるように。
 ――――確かに。手紙には、この手紙を読むべくして読んだ人間は必ずパーティーに行かなければならないという呪いが掛けられていた。つまりこの場合、封筒に名前を書かれていたミシェルとオフィーリアということになる。
「…これは何の嫌がらせだ、ユーリ」
「分からないけど、どっちにしても行かなきゃいけないみたい」
 あと、とオフィーリアが文面を指さした。ミシェルもそちらに視線を向けた。本文とは何の関係もない、追記と書かれた一文が一つ。恐らくはユーリからの私信だろう。ミシェルはそれに目を通した。
『この手紙の全ての文章に目を通した場合、数秒後に焼却処分されることになる。何、心配するな。こんな仕掛けは貴様に対してだけだ。パーティーに来たいというのであれば隣にいるミスクロックに時を止めてもらうことだな。
 ちなみにミシェル、貴様の盛装は黒髪のことではないからな。そこのところを注意するように』
「ッ! オフィーリア!」
「大丈夫、もう止めてるから」
「そう良かった。この招待状が燃えるのはいいけど、ここも一応図書館だからね…。本が燃えるのは勘弁してもらいたいものだよ。
 あと、この最後の一文――――」
「眼鏡、外して来いってことだって」
「だから、何の嫌がらせだ! 何か恨みを買うようなことをしたか?!」
「…さぁ?」
 首を傾げて文面を覗き込むオフィーリア。心なしかその表情は嬉しそうで。
「…もしかして、嬉しいの? オフィーリア」
「ミシェルが眼鏡を外すのは滅多にないから」
 確かにオフィーリアの言うとおり、この図書館でミシェルが眼鏡を外すことはない。元々ミシェルの眼鏡は能力の抑制の為の、本来ならば掛ける必要のない伊達眼鏡だ。ミシェルは罪人だ。神に見つかることはイコール死でもある。今はこの図書館で神の目を欺いているが、いつバレるかは分からないだろう。この図書館は全ての世界とはまた別の空間に成り立っていて、だがそれ故に不安定でミシェルが眼鏡を外して能力を解放してしまえば神に見つかってしまうのだ。
 だけどユーリ城はメルヘン王国にある。神のいるホワイトランドとは不可侵の条約を保っているから、眼鏡を外しても何ら問題はない。ホワイトランドにいる神もミシェルの気配を察知するかもしれないが、メルヘン王国に関することならば向こうも何も言わないだろう。
 困惑していたオフィーリアも最後の一文のせいか妙に嬉しそうだ。ならば、ユーリの思惑通りこれで行くことは決定になってしまった。ユーリの思惑通りに事が進んでしまったと言うことはかなり気にくわないが、オフィーリアが笑っているのだからその程度は許容範囲内だろう。
「…それじゃあパーティーに行こうか、オフィーリア。これから着飾らないとね」
「うん、ミシェルも着飾って、一緒に行こう」
 そして二人して笑いあって、手紙を仕舞って二人は奥の部屋に向かった。


【 ver.H×T 】

「あの、ヒューさん」
 クリスマスにも関わらず仕事だったヒューを出迎えたテトラの第一声。ヒューは「ただいま」と言いつつ靴を脱いで、テトラも「お帰りなさい」と返した。
「ん? どうかした?」
 テトラが玄関先まで出迎えに来ることは珍しい。テトラはセイレーンで陸上での生活に慣れていない。最近ではようやく肉声を出せるようになり、肺呼吸も出来るようになり、きちんと二本足で歩くことも出来るようになったが、それも最近のことであまり慣れてはいない。普段は部屋でヒューの帰りを待っているのだが――――
「あの、これ…」
 テトラはおずおずと真っ白な封筒をヒューに差し出した。『Dear Hugh&Tetra』と書かれてある、上質な紙の封筒。ヒューは訝しげにそれを受け取り、代わりにテトラに持っていた白い箱を差し出した。
「え、あの、これ、何ですか?」
 中身が何なのか見当も付かないらしいテトラは首を傾げている。ヒューは苦笑を浮かべながら、「箱を開いて」と促した。言われるままにテトラは箱を開く。すると困惑に染まっていた顔が歓喜に塗り替えられていくのだ。
 想像通りの反応だ。ヒューは苦笑から微笑へと、微かに色を変えた。
「クリスマスケーキ。オレは甘い物が食べられないけど、テトラは好きだろ? だからホールは買わなかったけど、小さいのなら買ってきたから」
 中に入っているのはブッシュ・ド・ノエルが一切れ。クリスマスの定番だ。テトラは小食なので、この程度で充分だ。しかし、妹のキャロがいる場合は大量の種類を買わされることになるのだが、キャロはキャロで今日は友達とクリスマスパーティーに出かけている。これ以上買う必要はないだろう。
「あ、あの、あの、ありがとうございます…!」
 テトラは嬉しそうに笑ってはしゃいだ。その笑顔が見ることができるならヒューも満足だ。普段なら足も向けようとしないケーキショップに行った甲斐もあるものだ。待ち時間はそこそこ地獄だったが、この笑顔一つで報われる。
「それでヒューさん、その手紙…」
 テトラはヒューの買ってきたケーキの箱をを大事そうに抱えながら、ヒューが持っている封筒に視線を向けた。そう、テトラの本題だ。見る限り住所も押印も何もない、普通にやってきた手紙ではなかった。そもそも普通にやってきた手紙ならば郵便受けにある筈だ。あまり外に出ないテトラが郵便受けの元に出るはずもない。
「これがどうかしたのか?」
 だが、それだけだ。他には何の変哲な所も見あたらない、普通の手紙。ヒューは何気なく裏返して差出人を見た。
『To Yuli』
「って、ユーリさん…?!」
「そうなんです…」
 驚愕の表情を浮かべたヒューに、困り切った表情でテトラは同意する。これは確かに一大事だ。また時計が壊れたとか、そういった内容の文章なのだろうか。だがそうなると宛先にテトラの名前が書かれている意味がない。
「中身は…見てないか。とりあえず、開けるぞ」
「はい」
 テトラは決意を込めて頷いた。ヒューはそれを確認して、身長に封を開ける。中身は三つ折りになった手紙が一枚。それを開いてヒューはざっと目を通す。
「…ヒューさん? 何て内容なんですか?」
 テトラとヒューは玄関で向かい合っていて、テトラからは手紙の内容は読むことが出来ない。ヒューは半ば固まりつつも、テトラに内容を伝える。
「クリスマスパーティーの招待状、みたいだ。今日から明日までパーティーをするから、是非来てくれって。…ちなみに言うと、この招待状を受け取った人は絶対に行かなきゃならないって書いてある」
「パーティー…ですか?」
「そう、後は盛装でってぇ? ちょっと待て! オレはそんな服を持ってませんよ!」
「…盛装……?」
 大声で叫ぶヒューに、頬を引きつらせるテトラ。確かにこの二人はユーリとの関係をもっていたが、それでも基本的に一般的小市民に他ならなかったのだ。
「しかも開催時刻が8時…って、今からじゃ間に合わない! ユーリさんとこまで行くのにかなり時間かかるのに! あの人達オレがただの新人整備工だってこと忘れてるだろ!」
「…多分、そうだと思います」
 テトラが苦笑を浮かべているのが見えた。ヒューは焦りながらテトラの手を握って話し出す。
「えーと! ならもう盛装とか関係なしでとりあえず行こう! 時間がありませんでしたって言えば多分盛装については忘れてくれるから! 今からなら普通に行ったら間に合わないけど、オレのバイクに相乗りしたら間違いなく着くし!」
 勿論普通のバイクでは間に合わない。が、ヒューのバイクは改造してあり、法定速度以上の速度を出せるのであった…!
「は、はい! 行きましょうヒューさん!」
 思わずその勢いに呑まれたテトラも頷いた。ヒューは部屋に上がってハンガーに掛けてあった、ヒューがテトラの為に買ってあげた上着を渡して、テトラはヒューの買ってきたケーキを冷蔵庫の中に入れてそれに袖を通す。
「テトラ! 準備出来たか?!」
「はい、出来ました!」
 招待状はヒューがポケットの中にねじ込んだ。テトラは普段から着ている白いワンピースに淡いピンクの長袖のブラウス。それからこれまたヒューが買ってやったサンダルを履いて、玄関前の廊下で待機していた。それにしても寒そうな格好だ。もうちょっと服を買ってやればよかったと今更ながら後悔した。
「…テトラ、寒くないか?」
「大丈夫ですよ。ヒューさん、私これでもセイレーンです。寒さにはかなり耐性があります。むしろ、これ以上の厚着は私には毒ですから」
 水中は寒さではなくて冷たさではないだろうかと考えたのだが、それを問いつめることはしなかった。何よりも時間がない。ヒューは「そうか」と返し、バイクの鍵を回して玄関に飛び出す。
「あ、あの、ヒューさん!」
 すると何か言いたいことがあったのか、慌てた様子でテトラはヒューに声を掛けた。
「ん? どうしたんだ?」
「あの、でもですね! 私、ヒューさんからのプレゼントは嬉しいです!」
 思わず思考が停止した。顔面が熱くなる。恐らく今、ヒューの顔は真っ赤になっていることだろう。だが夜だからかテトラは気付いていない。今が夜であったことにヒューは感謝した。
「…それと、」
 途切れるようなテトラの声。ヒューは振り返ることなく歩き出す。テトラもその後に付いてくる気配を感じた。
「パーティーには、多分ケーキとかご馳走とか、いっぱい出るんでしょうけど。でも、帰ってきたらちゃんと、ヒューさんが買ってきたケーキも食べますから。
 アッシュさんやリデルさんが作ったケーキよりも、ヒューの買ってきてくれたケーキの方が、私には何倍も価値がありますから」
 当たり前のように、テトラは言う。ほとんど職人の域に達している二人の作ったケーキよりも、ヒューが買ってきてくれた何でもないケーキの方が、よっぽど自分にとっては嬉しいのだと、そう当たり前のようにテトラは言うのだ。
 ヒューは言葉を返すことなく、マンションから出て駐車場へ。バイクに跨って、それからテトラを後ろに乗せていつものように腰にしがみつかせた。
 …二人の間に言葉はない。だけど、言葉はないからこそ、分かる思いもあるのだろう。
「じゃ、行くぞ。きちんとしがみついててくれよ、テトラ」
「あ、はい! 頑張ります!」
 テトラの一生懸命な声。ヒューはそれに笑顔を浮かべて――――、
 フルフェイスのメットを被る。次いで、テトラもテトラ専用の可愛らしいメットを被った。
 そして、バイクの爆走が開始される。



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