Noble Wish
【 結 】 −最後の舞台− 01. そうして、リデル・オルブライトは永い眠りから目覚めた。 「ここ、は…?」 横たえられていたベッドから上半身のみを起こして辺りを見回した。 …窓から穏やかな日の光が射し込まれている。引かれたカーテンのせいでよくは分からないが、今恐らく朝ではないかと判断した。 …ここは、どこだろう。吸血王の城であるということは分かる。あの地脈の上にいる感覚は、他ではそうそう味わうことがないから。だがこの部屋はどこだろう。 少なくともあの時リデルに宛がわれた部屋ではない。リデルに宛がわれた部屋はリデルの為に用意されたとしか思えないほど、リデルの生前の部屋を再現していた。 ここは、ただ白で構成されていた。白く、簡素な調度で構成されているこの部屋は無機質で病的で、その白さと相まってどこか病院を連想させた。 かちこちと時計の音が響く。だがリデルの目の届く範囲にないのか、静寂の包まれた部屋には時計の音しか響かない。 「今…は、いつで。何時…なのかしら」 思考回路が未だ上手く回っていないのか、呂律が回っていない。頭も霧がかかったかのようにボンヤリとしている。 本当に自分はいつまで眠っていたのか。思考が纏まらない。ぐるぐると同じことの繰り返しをしている。不死者として目覚めたときの方が余程思考が上手く回っていたような気がする。 「…あ」 そこでリデルは思い出した。 ――――シャリエ・オルブライト。リデルの祖母であり、リデルが食らった人。ほんの少ししか傍にいなかったが、リデルはその人が大好きだと思った。 リデルの内側にあるはずのその人の魂を確認する。その存在は既になかった。確かにリデルはその魂を食らったが、…彼女の存在がどこにもないことがほんの少し悲しかった。 そして、スマイル。シャリエを食らってまで、リデルが選んだその人。 「スマイル…?」 名を呼ぶ。だが反応するものはなく、ただ静寂にリデルの声が響き渡るだけ。 …誰もいない。この部屋全体ではなく、この城自体に誰一人として存在していない。気配を探ればすぐに分かった。地下などには有象無象が勝手に棲み着いているようだが、リデルが探しているのはそんなものではない。 スマイルがいない。そしてユーリも不在のようだ。何か所用があって城を不在にしているのだろうか。だが領主は基本的に城を空けることはしないのに。 「…」 リデルはこんな知識を教えられてはいない。こんな知識を持っていない。これは己が食らった魂の人の知識だ。 「…シャリエ」 もう一度、ごめんなさいと言おうとして止めた。彼女は過去の人間である己のことを気にしなくてもいいと言ったのだ。ならばこれ以上謝るのは失礼に値するだろう。 ――――すっかり失念していた。リデルがこの世界に存在しているのは前提条件が必要だ。リデルはあの後恐らくスマイルに食われたことだろう。そういう風にし向けたのだから当然だ。あの時スマイルがリデルを食わなかったら、あそこまでお膳立てして食わなかったとは何事かとこちらから怒鳴り込んでやる。 己の心臓をくり抜いて、スマイルに差し出してやったリデル。あの時既にリデルの体は限界だった。未だ人間に近かったリデルの体は心臓をくり抜くことになど耐えきれず、いつ死んでも可笑しくはない状況だった。 そして、シャリエは言っていた。 『この子は今食われたら容易くその存在を消してしまうことでしょう』 その言葉を真実正しく受け止めるのならば。つまり、スマイルは―――― 「…あそこまでのお膳立てをしてやっていたのに、何をやっているのかしら。あれは」 呆れてしまえばいいのか、それとも笑えばいいのか、もしくは泣けばいいのか。リデルはどの感情を優先させればいいのか分からなくなった。 リデルが生きていて、スマイルがこの場にいない。スマイルは二重存在 「…愚か者。幕を引く役目を持つのは私でしょう?」 それはリデルがそう勝手に思っていたことだが、確かに真実だったのではないか。少なくともユーリもシャリエも幕を引くのは主役であるリデルの役目だと考えていた。 盛大なる茶番劇。そういえば、何故それが行われたかなどという理由すら、リデルは知らない。 だけどそれは、きっと単純なことだと思う。始まりはきっとスマイルがリデルを愛してしまったときだ。そしてリデルを不死者 だがスマイルはそれを誰かに言ったことがあったのだろうか? 恐らくは、ない。多分友人であるユーリにさえ言っていないだろう。シャリエは推測で物を申していたが多分それが一番正しい。 それがすべての計算を狂わせたのだと思う。スマイルは誰にも言うことなく一つの賭を為した。そしてそれに勝ったはいいが、ユーリに何も言わなかったせいでその後の計画に誤差が生じてきた。 スマイルは、リデルを食らうつもりだった。しかしそれは完全な不死者 ユーリは、スマイルがリデルを食らうのを見届け、時に手伝ってやるつもりだった。それはリデルが不死者 そも、ユーリはリデルがスマイルの大切な人間だと言うことを知っていたのだろうか。恐らくスマイルはそれすらも告げていない。そこから互いの感覚に齟齬が生じた。この計画はユーリの協力が必要不可欠だったというのに、認識に齟齬が生じてしまえば計画も不安定になるのが当然だろう。 その不安定な計画に巻き込まれたシャリエ。彼らが食らうはずの二重存在 …スマイルはいない。シャリエも失われてしまった。頼りに出来るのはユーリだけだが、彼はスマイルの友人だ。スマイルの死を悼んでリデルに会いたくないと言う可能性だって高いだろう。ならばリデルはこれからどうすればいいのか。 麻痺していた思考が正常な動きを取り戻していく。最初に比べたら回転数も上がっていることだし、体は正常に活動を始めている。 ならば、リデルは早めにこの城を出て行った方がいいだろう。リデルはベッドから下りて立ち上がる。ユーリには迷惑を掛けるが、書き置きを一つしておけば大丈夫だ。その為にまず、リデルは紙とペンがないかと見回した。すると、 「あ、お目覚めっスか!」 酷く明るい、リデルが知るこの城の誰とも違う声色を持った人の良さそうな声がした。 ユーリの声は静かで深みがあり彼の人の知性が窺える色。スマイルの声は斜に構えて人を食ったような口調で話しかけるが、それでもどこか当人の孤独を知らせてしまう色。 この声色は、酷く人のいい、純朴な青年。人間が好きだと全身でアピールしている声。この城の誰とも違うタイプだ。 声がしたと同時に軽い音を立てて扉が開き、外から声の主が入ってくる。 まず目に付く茶色の大きな犬耳。緑の髪に、前髪が長くて隠れがちだが双眼の色は赤。一目で狼男と分かる容姿をしているが、本人の口調と表情はリデルが目覚めたことに喜んでいるのか酷く嬉しそうだった。が、立ち上がっているリデルの姿を見て顔が強張った。 「ってリデルさん! 何で起き上がってるんスか!? 駄目っスよ、安静にしてなくちゃ!」 …本当に人好きするタイプだ。殆ど見も知らぬ人間をこうやって心配できるのだから、かなりのお人好しなのだろう。しかし何故安静にしていなければならないのだろうか。 「何故ですか? 体調に関しては十全です。動かしていなかったせいで多少体が軋みますが、それも動かしていれば慣れると思いますが」 そう、体中の間接がギシギシと軋みを上げている。この感覚はそう、不死者 「病人は安静にしてなくっちゃ駄目っスよ! そうでなくてもリデルさんは一年も眠り続けてたんスからね!」 「一年…!?」 流石のリデルもそれは驚いた。確かにリデルは数百年の時を地中で過ごしたが、不死者 「そうっスよ! 何かオレが里帰りから帰ってきたらユーリがいきなり『色々とあって眠り続けている。こちらで世話をするぞ』とか言ってリデルさんの世話を任されるし、リデルさんはリデルさんで懇々と眠り続けてるし!」 「…どうか落ち着いて」 一年前の状況を思い出したのか突然熱く語り出した青年をリデルは宥める。すると今の自分の状態に気付いたのか青年は「すみません」と謝った。 しかし流石だ、ユーリ。スマイルの友人なのだから何か欠点があるだろうとは思っていたが、リデルの世話を丸投げするとは。しかもこの状況では今も彼にリデルの事情を話してはいないだろう。 「とりあえず、そんなこと何で寝ててくださいよ、リデルさん。一年寝続けたんですから何があるか分からないっスよ!」 「ええ、そういうことならば仕方がありません。大人しくベッドに戻ることにします」 力説をする青年を横目に、苦笑を浮かべてリデルはベッドに戻っていく。だが恐らくはこの青年が出て行ったと同時に外に飛び出すことは間違いないが。 だが青年はそんなリデルの気配を感じ取ったのかリデルの隣の椅子に座り込む。どうやら監視も兼ねて、リデルの話し相手になってくれるようだ。 「すぐにユーリも戻ってきますから安心してください。今日はちょっと人間界の方で仕事があったんで全員そっちの方に行ってたんスよ。すいません」 「別に謝ることではないでしょう? 仕事があったのならばそちらを優先させる方が道理です。 …ですが、本当に人間界で仕事をしているとは」 確かにスマイルに聞いて知ってはいたが、改めて言われると少し困惑してしまう。 「確か…バンド、でしたか?」 それもスマイルに与えられた知識だ。 「そうっスよ! …あれ? ユーリの言い方じゃリデルさんはこの時代のこと何にも知らない筈なんスけど…意外と知ってるみたいっスね」 「基本的には何も知りません。でも、…バンドをやっているとは聞いていたので」 今は亡き人。リデルの光。 「スマに聞きましたか?」 びくりと肩が震えた。そんなに簡単に、あっさりとその名前を出さないでくれ。お願いだから。 「…何故、そう思うのです?」 「だってリデルさんはスマの大切な人でしょう? ユーリにそう聞きましたし、スマもそう言ってたっスよ?」 それは、リデルが不死者 リデルは苦い笑みを口元に湛えて、はぐらかすようにこの青年の名を尋ねた。 「…それで、失礼ですが貴方は……?」 「うあっ! そういえば言ってなかったっスね! すみません! 狼男のアッシュって言います。まあこれ見てもらえりゃすぐに分かるんですけどね」 これ、とアッシュは己の大きな耳と尻尾を指さして見せた。まるで本当に犬のそれだ。今はすまなそうにシュンと耳が垂れている。 アッシュの素直すぎる反応に先ほどの苦い気分が一掃された。リデルは思わず微笑みながらからかうように問いかける。 「…アッシュ、失礼ですが吸血王に犬と言われたことは?」 「いっぱいありますよ! ユーリだけじゃなくスマにだって言われてるんスから!」 またその名前だ。 もういい、もういいから止めてくれ。スマイルを殺したのはリデルだ。結果的にそうしてしまったのはリデルなのだ。アッシュはその件を知らないだろう。昔のリデルと同じく知る必要すらないだろう。だがそれだからこそその純粋な言葉はリデルの胸に突き刺さるのだから。 「…リデルさん?」 リデルの持つ空気が変わったのを感じ取ったのか、俯いていたリデルをアッシュは心配そうに覗き込んできた。 「アッシュ、スマイル、は」 途切れ途切れになる言葉。リデルは続けて、己が殺したのだ、と言おうか言うまいか逡巡して―――― 「スマっスか? 今日一緒に仕事しましたよ?」 「――――え?」 そのあまりの無垢な言葉に、拍子抜けするのだ。 「今日は三人一緒での仕事だったんで一緒に仕事しましたよ? で、今日はオレが一番早く帰れたんでさっさと帰ってきましたけど。ユーリはいいからさっさと帰れって言うし、スマイルも寄らなきゃいけないとこが出来たって言ってどっか行っちゃいましたけど。ユーリがオレにさっさと帰れって言ったの、こういうことだったんスね」 リデルは目を丸くして眼前のアッシュを凝視する。なんと言った? 今なんと言った? 生きている? スマイルが生きているだと…!? 「そんな、まさか…?」 「まさかって言われても…今日オレ、ほんとーにスマと仕事してきましたよ? ユーリも一緒に。それに昨日も一昨日もその前も一年前もずーっとスマはこの城にいたんスけど」 アッシュの続けられる説明にリデルはぴたりと動きを止めた。 「――――ユーリ」 そうだ何故その可能性を失念していた。スマイルにはユーリがいる。吸血王ならばスマイルを生かすことなど簡単にできるではないか…! 「恐らく、考えている通りだろうな。リデル」 こつりと自分の存在を主張するかのように、いつの間に入ってきたのやらその扉を開ける気配もなく入り込んできたユーリは当たり前のようにそう言い放った。 「ユーリ、驚かせないでくださいよ」 「…では、貴方がスマイルを?」 「その通りだ…と言いたいところだがな、あれが生きているのはあれ自身が選択したからだ」 リデルとユーリは綺麗さっぱりアッシュの言葉を無視して会話を続ける。 「何を…ですか?」 問いかける必要はない。本当はもう分かっている。 「食うか食らわぬか、だ」 普段のユーリならばここであっさりと固有名詞を出してしまうのだが、今回に限って出さないのはこの場に当事者ではないアッシュがいるからだろうか。 だが一年前ユーリがアッシュを里帰りさせた理由がよく分かる。この青年は純朴すぎるのだ。純朴で、魔に属する者だというのに日向の香りがしている。だからこそこちら側には足を踏み入れて欲しくないのだ。 だからこそリデルもユーリも無視する。ここからは立ち入ってはならない領域だと示すために。 「ですがどちらにしてもどちらかがいなくなっていたことは確実でしょう。それを――――」 「そこから先は、役者が揃ってからだ」 役者。あの茶番劇に登場していたすべての人たち。 だがそれは不可能なのだと、決してあり得てはならないことなのだとリデルは知っている。 「吸血王、シャリエは――――」 「おっまたせー!」 聞き慣れた声が辺りに響いた。今日は妙にテンションが高いのだとたった一言聞いただけで理解できるくらいに聞き慣れた声。 リデルが死んでしまったのだと錯覚してしまった声の持ち主。 「スマイル」 スマイルは片手を上げてベッドに横たわっているリデルに近付いてくる。 「おはよ、よく寝たねェリデル。まだ寝ぼけてる?」 「…寝ぼけていない、筈なのだけど。これが現実だという確証がないから寝ぼけているのかもしれないわ」 「何で?」 「だってお前がいるのだもの」 そう、だってスマイルのがいるのだ。どちらも欠けることなくいるのだ。リデルはスマイルに身を捧げたというのに、それで死ぬつもりで挑んだというのに、これは一体何だ? 信じられないものを見たように、リデルは目を見開いたままスマイルを見た。スマイルはそんなリデルの様子を見届けた後、いつもの嘲笑ともとれる笑い声を上げた。 「じゃあ、そんなリデルにもう一回夢を見させてあげよっか。 ただし、これは覚めない夢だけど」 パタンと扉の閉まる音がした。誰かが入ってきたのだろうか。リデルはそちらに意識と顔を向ける。 するとそこにいたのは―――― 「…シャリエ?」 リデルと同じ顔。同じ姿。違うのは髪の色と瞳の色だけ。後は身長も体重も体型も全く同一の、双子よりそっくりな己の同一存在がいた。 「ええ、お久しぶり、リデル。もうお祖母様とは呼んでくれないの?」 その穏やかな口調と表情。柔らかな母性。ああ、これは紛れもなくシャリエだ。 「…どうして……」 彼女は確かに己が食らったのだ。なのにどうしてそこでそうやって立っているのだ。 「つまりは、そういうことなのよ」 シャリエは笑った。晴れ晴れとした笑い方だった。一度ユーリを見て、それからスマイルを見た。二人は二人で頷きあっている。首を傾げているのはアッシュとリデルのみだ。 シャリエはリデルに近付いて耳打ちをする。微かに呟かれた言葉は酷く納得できるものだった。 「お前の想像通り。お前が私を食らって、スマイルがお前を食らって。そして最後には吸血王がすべての片をつけてくれたのよ。…それも不死者 不死者 不死者には既に一度死んでいるから死の概念がない。 だからこそ例えもう一度死のうが魂がある限り何回でも蘇生できることや、魂は多少混じったところでそう問題はなくすぐに切り離せること。人間に必要な器官を一つ失おうが自己修復する。 そして片をつける、ということは。 「…意外なことにね、ユーリはこの場にいる全員のことを気に入っているらしいのよ?」 だからこそあの時、シャリエにこの依頼が舞い込んできたのだと。 「どう? 茶番劇の最後には相応しいでしょう?」 シャリエが耳元から離れてくるりと回った。スマイルと同じく彼女も上機嫌のようだった。二重存在 そして、すぐ傍で佇んでいる吸血王をリデルは見た。彼自身はそっぽ向いているが、リデルは笑顔で吸血王を迎える。 「身内に甘いのですね、ユーリ」 「…人のことを言えた義理か? リデル」 「いいえ、わたくしのは甘いとは言いません。あれは愛と呼ぶのですよ」 そう、あれは愛だ。愛という名の執着であり、愛という名の欲望だ。 「…愛のためにあそこまでするのか?」 「します。わたくしのそれは、厳密には愛ではありませんから」 きっぱりと言い切る。愛と言うには欲に濡れすぎたそれは、もはや愛とは呼べないところまでやってきているのだろう。だがリデルはそれを愛と呼ぶ。愛と呼ばなければならない。 「――――リデル」 そしてようやく、その男が名を呼んだ。 スマイルは先ほどまでアッシュが座っていた椅子に腰掛けて横たわっているリデルを見下ろした。 「…私の生前を思い出すわね、この体勢は」 「そうだねぇ、こうやってよくリデルの世話をやってたよ。もう数百年前のことだけど」 「そう、そんなにも経っているのね」 互いが互いに核心に触れない他愛のない話をする。それが二人のいつもの手順だ。 「…生きていたのね、お前」 「リデルがあそこまでしてくれたからねぇ。無駄にするわけにはいかないって思って」 だからその肉を食らったのだとスマイルは声にならない声で言う。魂は蘇生できるように保管して、ただ肉だけを食らったのだと。 「…最後まで残さず食べなさい」 今になってリデルは不平を漏らした。スマイルがそうしてくれなければリデルは今存在もしていなかったのだが、今になって呟かれる不平はただの冗談と同じだ。 「って言われても、ねぇ?」 スマイルもそれを知っていてさらりと回避する。互いが互いに際どい軽口をたたき合う。 そういえば昔もこうやって、リデルはベッドに横たわって、スマイルはその隣の椅子に座って軽口をたたき合っていた。その時のことを思い出してしまってほんの少し笑えた。 「…リデル」 スマイルが名を呼んだ。リデルは笑みを浮かべながらスマイルに顔を向けた。――――そこに浮かんでいるのは、滅多に見られない穏やかな微笑み。 ぐ、と強く引き寄せられる。小柄なリデルの体はすっぽりとスマイルの胸に納まり、リデルはスマイルの胸に顔を埋めた。スマイルも同じようにリデルの肩口に顔を埋める。 「…スマイル?」 リデルは問う。問う必要もないのに問う。きっとリデルは、続く言葉を知っている。 「――――君が生きていてくれて、とても嬉しい」 それは小細工なしの、普段の斜に構えた態度でもない、スマイルの掛け値なしの本気の言葉だった。 *** 後にスマイルから詳しいことを聞けば、ユーリが二人を蘇生するために必要な手順はこうだったという。 まずリデルに魂を食らわれたシャリエ。幸いなことにシャリエはこの城に実体でやってきていたお陰で、リデルの魂からすぐに引き剥がして己の魂の器に入れ直されたのだという。 それでも蘇生するのに半年はかかったようだ。彼女は半年間眠り続けた。 だがそれ以上に問題だったのはリデルだ。あの時のリデルの体は人間に近かった。だというのに心臓を引きずり出すなどという荒技をやってのけたのだ。体の消耗は激しく、生きているのが不思議なほどだ。 それを修復するのに一年もかかった。その一年間、不死者 それだけ危険だったということをリデルは改めて認識する。だがそれでもあの時の自分の行動に間違いはないと思うのだ。きっとどれだけやり直してもリデルは同じ行動しか取らないだろう。 そのことを素直に告げれば、スマイルとシャリエに集中砲火を受けた。特にスマイルだ。シャリエは人のことを言えた義理でもないのだと思うのだが、どうなのだろうか。ユーリも外で聞いていたようだがどことなく怒りを身に纏わせている。 リデルは集中砲火を受けながらも思う。今こうしていられるのは生きているお陰なのだ。スマイルと一緒にいることが出来るのも、今生きているからで―――― 幸せだ、とリデルは思った。生きていて良かったと思った。今ならば生前とは違って、心からそう思うことが出来た。 |