迷いのお茶会
「…あれ?」 綱吉は辺りを見回した。いつの間にか辺りの景色が最近見慣れてきた地下のそれから地上の庭に変わっている。 「ここどこ?」 きょろきょろと辺りを見回しても、誰かがいる気配もない。だけど多分ここはあの地下ではないというのは何となく分かった。 だったらリボーンもラル・ミルチは確実にいないだろう。確か彼らはあの地下から出られない。それに山本や獄寺達もいないだろう。彼らは修行に明け暮れていて修行で手一杯だ。まあそれは綱吉もなのだけれど、今は休憩中だ。 あといるとすれば、 「ヒバリさん…だけど、いるはずないよなぁ」 呟きながらガサガサと深緑の生い茂る庭で、辺りの緑を掻き分けながら綱吉は歩く。本当にここはどこなのだ。 すると、 「何してるの、君」 いつの間にか背後に誰かの気配―――! 綱吉は思わず振り返る。だがそこにいたのは、 「あれ、ヒバリさん…?」 「だから何してるの、君」 黒の着流しを着た10年後の雲雀が立っていた。 緊張を解いて一つ安堵のため息を吐いた。しかし綱吉はあまりの物珍しさに目を丸くしてしまう。ヒバリさんが着物を着ていることに加えて、こんなにも普通にしているなんて。 「何って…地下を歩いているうちにここに来たんですけど。ヒバリさんこそどうして…」 ここにいるんですか、と繋げようとした時に雲雀が先に口を開いた。 「ここは僕の家だよ」 「え?」 耳に入ってきた情報が信じられなくて思わず問い返す。だが雲雀は同じ事を繰り返すつもりはないようで、綱吉の無意識の要求は無視されてしまった。 「家…って、あそこヒバリさんのところまで繋がってたんですか!?」 「そうだよ、赤ん坊から聞かなかったの」 「聞いてません…」 恐らくリボーンやラル・ミルチ、そして10年後の自分たちには言っているのかもしれないけれど今の自分としては未知の情報だ。 もう少し情報をくれよ、リボーン。そんなことを考えていれば、いつの間にか雲雀は自分に背を向けて踵を返している。 「ひ、ヒバリさん!?」 慌てて呼び止めようとする綱吉の存在など知ったことかとばかりに歩いている雲雀は、一瞬だけ動きを止めた。 「来なよ」 「え、あ、はい!」 一瞬この人が自分をどこに連れて行くのか不安になったけれど、きっとヒバリさんのことだから大丈夫だろう。 そう思って綱吉は疑いもせずに雲雀の後を着いていくのだ。まるでその行為は親鳥の後を着いて歩く雛のようでもあった。 *** 「で、何でここに?」 何故か今、綱吉は ヒバリさんとお茶 in ヒバリさんの私室(多分) なんてことをやっている。あの時の流れだときっと元の場所まで連れてきてくれると思っていたのだけれど、どうも間違いだったみたいだ。 大きくて精巧で、何だかいるだけで圧倒されてしまうような日本家屋の中で、これまた雰囲気に合った木で出来た小さな丸机(といってもちゃぶ台みたいなのではなく、どこか上品な感じの物だ)の上に砂糖で出来た練りきりと日本茶が一つずつ。あと急須も一つ。 そして机を挟んで向かい合ってるのは、着流しを見事なまでに着こなした10年後の雲雀と未だ中学生で子どものままの自分。何だか酷く歪でアンバランスだ。 雲雀は何も言わずに座布団の上に正座をして日本茶を啜っている。その様やまるで一枚の絵画のようだ。綱吉といえば座布団の上に胡座をかいているので、正座になおした方がいいかと思ってしまうほどだ。いや、綱吉が正座をしても10分そこらが限界だと思うけれど。 「問題でもあるの?」 「いえっ! 別にありませんけど…」 ないとは思うけれど、何でこんな事に? と思ってしまうことくらいは許して欲しい。だって綱吉だって混乱しているのだ。 雲雀の視線が綱吉に向けられて、思わず綱吉は視線を背けた。その瞬間に見えた時計に刻まれた時間は現在午後4時。大体10年前だったら午後3時辺りに学校が終わって、暇があったら3時から4時の辺りに雲雀と一緒にお茶を飲む時間帯だ。 その瞬間、綱吉はあれ、と思う。この時間帯にそれが行われるのならば、もしかしたらこのお茶会は今も続いていることなのだろうか。 「あの、ヒバリさん」 綱吉は意を決して、何故今こうして茶を飲んでいるのかを雲雀に問おうとする。だが綱吉と言えば雲雀と視線が合うだけでもうダメなのだ。 何だか今日のこの人は違う。10年後だから、とかそういうのではなくて…何かが違う。 「何、練りきり好きじゃなかった?」 「いえ、そういうわけじゃなくて!」 慌てて否定すれば「そう」と雲雀は言ってまた日本茶を啜る。同じように綱吉も日本茶を啜れば、そこでようやく違和感の正体に気づくことが出来た。 そうだ、この人和服だからだ…! 綱吉はその瞬間、突如として赤面した。ああもう何なのだ、この人は。何でこの人はこんなにも格好いいんだ…! 身に纏うのは黒の着流し。黒髪黒眼は言わずもがな。10年前よりも成長した、だけど細身の長躯とあまり変わらない、だけどどこか変わった端整な顔立ち。 そんな雲雀を見ていると本当に一枚の絵のようで、綱吉は何も言えなくなってしまったのだ。相変わらずこの人はそんなところに無頓着で、別にどうでもいいみたいにお茶を啜っているけれどこっちとしては気が気じゃない。 「その和服って、私服ですか?」 口に付いたのは全く別の問いだった。だがそれでもいい。もうどうとでもなれという気分で綱吉は訂正することなく尋ねる。 「…10年前からだけど、それがなに?」 「いえ、はい、別に…。ありがとうございます」 雲雀は綱吉が何故そんなことを尋ねたのか分からずに眉根を寄せた。だけどそれを問いたいのはきっと誰よりも綱吉自身だろう。だから何も答えることはなく少し温くなった茶を啜った。 何だか10年前の世界のようだった。あの時は場所が雲雀の家ではなく学校の応接室だったけれど、雲雀のテリトリーという意味ではどちらも変わらない。 静かに会話もないまま時間は過ぎていく。まるでその雰囲気すら、10年前のそれで。 何だか綱吉はこの激動の世界の中でほんの少しだけ落ち着くことが出来た。 そして、10年前の雲雀はどうしているのか、とほんの少しだけ気になってしまった。 |