本編裏
《 1.ツナが10年後に行っている間の応接室 》 「それで?」 どうやら10年後からやってきたらしい沢田綱吉を応接室のソファに座らせ、雲雀は尋ねた。もう咬み殺そうとは思わなかった。沢田綱吉の笑顔を見ていると何故か毒気が抜かれてしまったためだ。 「え? それでって…」 沢田綱吉は雲雀の入れたお茶を飲んで和みながら、しかし驚いたように跳ね上がった。 「君、何のためにここに来たの?」 「それはついさっき説明した通り、こっちの俺がランボの10年バズーカに当たったからで―――」 「そういう意味じゃないよ。―――何で君はわざわざ僕の元に来たんだって聞いてるの」 雲雀とあの草食動物は特別親しいわけでもない。10年後なんてどうなっているかは分からないが、それでも雲雀のことだ。誰かと群れることもなく、この沢田綱吉とも今と変わらない関係が続けられているのだろう。 では何故、わざわざ沢田綱吉は雲雀の元にやって来たのか。 沢田綱吉はもう一度笑った。 「ヒバリさんに会いたかったからです」 ストレートに、そう言い切った。 「いや、これは本当なんですよ。ヒバリさんに会いたかったんです。理由なんて分からないけれど、でも俺はヒバリさんに会いたかった」 「…10年後の僕とは仲が良いの?」 「そうですね…。仲が良いとは言えませんけど、今の状況よりかは比較的…って感じですかね」 「そう」 それは驚くべきことだ。赤ん坊に言いくるめられてボンゴレなんてものに入ったはいいものの、自分は今までと変わらないと思っていたのに。 やはり10年という歳月はそれだけ長いのだろうか。 「それじゃあ、僕に特別な用があったわけじゃないの?」 「? はい」 沢田綱吉は当たり前のことのように頷いた。そんなことの為に雲雀の仕事の邪魔をしたのか。ああ苛々する。今日は一日中仕事をするつもりだったというのに。 雲雀はその瞬間、未だに仕舞っていなかったトンファーを沢田綱吉の脳天に目がけて振り下ろした。 ガキ、と鈍い金属音が響いた。雲雀のトンファーを防いだのは、冷たい鈍色の鋼、手のひらにすっぽりと収まる小銃、殺傷能力が見事なまでに欠けている護身用の銃―――デリンジャーだった。 「それが、ついさっきも攻撃を防いだ物?」 「あ、はい」 「あのグローブは?」 「今も持ってますけど…余程のことがない限りは付けないことにしてるんです」 「何で」 苛々とする。自分は草食動物の実力を知っている。あれはどんどん強くなってきていて、あれと戦うのが楽しみだと自分でも思うほどにだ。 だからこそ10年後の草食動物であるこの男にグローブを付けて戦いたいというのに。 「―――俺は人を殺したくないんです」 その言葉はとても冷たく、そして穏やかに響いた。 強い、鋼の意志。芯の強い鉄を打ち、錬磨し研磨し鋼と化したかのような。 雲雀はその意志を汲み取る。故にトンファーを戻した。 「傲慢だね」 「知ってます。色んな人に言われました」 それはあの草食動物の周囲で群れてる輩ではなく、この沢田綱吉に敵対するような輩からの言葉なのだろう。 「ヒバリさんにも言われました」 それは10年後の自分のことなのだろう。沢田綱吉は何故そこで笑うのか分からなかったが、嬉しそうに笑った。 「やっぱりヒバリさんはヒバリさんなんですね」 それはそうだ。沢田綱吉が知る10年後の自分がどのような道を歩んできたかは知らないが、結局は自分なのだろう。ならば自分も変わることはない。沢田綱吉にも言うことも変わらない。 「それは傲慢だ。確かに殺したくないのなら殺さなければいい。だけど敵に付け入る隙を与えるしまう。 ―――やるならば殲滅戦を。徹底的に叩き潰して、自分の守りたい物を守らなければ何もならない」 それは普段雲雀が風紀を乱す物を咬み殺す時の信念だ。 「その為に、自分の信念が邪魔になるのならどうすればいいんですか」 「そんな信念捨てればいい。優先順位を見誤るな。その為に周囲が傷ついたとしても知らない振りをすればいい。大切な物を守れれば、人間はそれだけで生きていける」 雲雀にとって、それは学校だ。だからそれだけで生きていける。 沢田綱吉はやはり笑うのだ。今度は心からの笑みではなく、一筋の光を見たときのような笑みだった。 「……やっぱりヒバリさんに会えて良かった」 小さく呟いた声が耳に届いた。 「俺の周りの人は優しい人ばかりだから。みんな俺に甘いんです。今はリボーンもいないし…」 だから誰も俺に現実を突きつけてくれない、と言う。 「だけどヒバリさんはいつだって俺に現実を突きつけてくれるから、だから俺はとても嬉しいんです。それはやっぱり昔のヒバリさんも変わらなかった」 だから雲雀に会いに来たというのだ。そしてそれが正解だったと笑うのだ。 「…君、僕より年上なんでしょ。だったら子どもに聞かずにきちんと自分で考えたら」 ついさっき見せた鋼の意志のように。 「いいんです。俺はいつだってヒバリさんを尊敬してますから」 そうして沢田綱吉はお茶を啜った。 |