本編裏
《 1.ツナが10年後に行っている間の応接室 》 おかしいな、と綱吉は思う。 おかしいな、こんな筈じゃなかったのに。綱吉は雲雀のトンファーを避けながら思った。 10年前と変わらない応接室で(当然だ、ここは10年前なのだから)、綱吉は何故だかこんなことをしている。自分としてはこんなことをしている暇はないというのに、雲雀の言うことなら聞いてしまう。不思議だ。 それはきっとあの人がここで倒れないと、自分がここから進めないことを理解しているからだ。 ヒュ、と綺麗な音が鳴る。トンファーが空気を切り裂いた音。雲雀のトンファーは踏み込みが浅いのか、一歩後ろに飛ぶだけで回避が出来た。 だけどもう一方のトンファーが、いつの間にか自分の顔面に迫っている。雲雀の顔も近い。ついさっきの一足で近づけさせてしまったみたいだ。だが綱吉はそれの直撃を受ける前に、上体を反らせて避ける。髪が数本切れて床に落ちた。 自分の喉が鳴る。上手く息が出来ない。確かにこの人と戦闘になったらいつもこうなるけれど、この状況でこんな風になるとは思ってもみなかった。 綱吉は反らせた上体を起き上がらせることなく、そのまま背中を床に倒してから両手を床に付け、足をバネのように蹴り上げてその方向を至近距離にあった雲雀の顔面に向けた。 雲雀もその行動は予測していなかったのか、多少驚いたような表情をしたがそれも紙一重で避けた。だが狙っていたのはそこだ。 綱吉は雲雀が攻撃を仕掛けるよりも先に、かわされてしまい今や雲雀の頭を通り越した足をかぎ爪の如く反らせた。そしてそこから踵落としの要領で雲雀の首に目がけて叩き落とす。 食らえば必殺のそれ。首は急所の一つだ。 雲雀の舌打ちの声。これで負けてくれるか、と祈るように思った。こんなところで(本来ならばこんなところなんて言いたくはないのだけれど)、むやみやたらに体力を減らしてはならないのだから。 だが雲雀はそんな状況にもかかわらず、あらゆる意味で非常に冷静に軽く綱吉の胸を蹴るのだ。 浮き上がっていた体がくの字型に折れて、呼吸音がおかしい。げほげほと奇っ怪な音に変化している。 「何? もう終わり? これじゃあ前哨戦にもならないよ。こんな実力なら君、今僕が咬み殺してあげるよ」 雲雀は呼吸を整えている綱吉を冷静に見下ろしている。 綱吉は改めて雲雀を見た。 自分はこの人を侮っていたのかもしれない。 10年前のこの人は今、本人の学年が正しければ15歳だ。そして10年後の自分は24歳。一回りは違う。そしてその一回りの差は体格や体力になんかも直結していて、ついでにいうと経験なんて以ての外だ。雲雀が綱吉に勝てる物は何もない。 綱吉もそれを知っているから、本気を出してはいなかった。この人を殺したくはなかったからだ。きっとお互いが本気でやれば、死人が出ることは間違いない。 だが出していないのは『本気』だけなのだ。かろうじて本気は出していないものの、それに近しい実力は雲雀相手に出していた。―――相手は10年前の成長段階の人間だというのに! だというのに、この状況は一体何だ。24歳の自分が、15歳のこの人に圧倒されている。目の前のこの人は、10年後の姿ではないというのに。 何故着いてこれるのか、身体能力も何もかも違いすぎるというのに。 何故この人はこんなにも強いのか。何故、10年後の自分を圧倒しているのか。 そこで綱吉は以前ファミリーの面々が―――骸がディーノが獄寺が山本がリボーンが―――言っていたことを思い出す。 『あれは戦いの申し子だ。 戦えば戦うほど強くなる。その強さは底なしだ』 ―――その状況がこれか。 綱吉は本格的に雲雀と敵対はしたことがない。だからその言葉は知っていても、意味までは知ることはなかった。 成る程、その結果がこの状況ならば納得がいく。戦えば戦うほどに強くなる。確かにそういう意味で言えば、この人ほどその言葉に相応しい人もいない。 これが、骸が恐怖した雲雀恭弥の本能か。 これが、リボーンが歓喜した雲雀恭弥の才能か。 それに自分も倒されるのか。そして自分もまた、彼の踏み台にされるのか。 そう思った瞬間、体は勝手に立ち上がっていた。雲雀の楽しげな声。綱吉はグローブをはめ直して一時的に間合いを取る。 額の炎を掻き消す。両腕を胸の前で交わらせた。その行動に覚えがあったのか、雲雀が面白そうに自分を見て唇の端を歪めた。 「零地点突破」 そう言い終わる前に、雲雀は駆け出して視界から消える。恐らくはこの技を出す前に戦いを終わらせるつもりだろう。 「初代エディション」 丁度目の前にでトンファーを振りかぶる雲雀に、綱吉は両手を突き出して。 さあ、どちらが先だ? |