Good Night.
[ 4 ] パタパタ。私の羽が風を切る音が空気を震わせて音となった。 私は彼女を捜している。この時間帯では一体どこにいるだろうか。昼も夜もあまり関係ないこの城では時間なんていう曖昧なものでは縛ることができないが、彼女の行動パターンは分かっている。 今の時間は夜。夕飯も終わり、もうすぐ就寝かという頃。ならばあそこしかないだろう。 私はこの城で一番大きな部屋に向かって飛んだ。 ―――■■王。 私はこの城で一番大きな部屋―――即ち■■王の執務室で、日々変わらず執務に明け暮れている■■王に声を掛けた。 私が■■■を探しに来たことは■■王も分かっていた。故に■■王は私に何用か尋ねることはなく執務を続けていた。 薄暗い部屋の唯一の光源はランプだ。その傍で、■■王は執務を。そしてその隣には、夜も更けてきて眠くなったのか、それとも今日一日疲れ切ったのか、彼女の幼い体をすっぽりを覆ってしまうような大きさの■■王のコートを毛布代わりにして床で丸まって眠っている■■■がいた。 やはりここにいたか、と私は安堵した。まあこの時間帯ならば、彼女がここ以外にいたことはないのだが心配するに越したことはない。 私は■■■のすぐ傍にあった彼女の身の丈の半分ほどの大きさはある、私のための鳥籠の先端の持ち手に留まった。 安らかに眠る彼女。あどけない寝顔に、成長しきらない手足。後十年も経てば、その時はもう年頃の娘になってきっと美しく成長するだろうことが窺わせる美しさを幼子ながらに持っていた。 そしてきっと、その時までは私は生きていることが出来ないだろう。 ―――■■王、お願いがあります。 私がこの場で声を上げるのが―――それも願いを口にするのが珍しいのか、■■王が手を止めて顔を上げた。 「珍しいな、お前が何かを乞うとは。―――ただひたすらこの子の傍にいることを望んだお前が」 それは確かにそうだと思う。私はひたすら彼女の傍にいることを望んだ。 そしてそれはこれからもだ。 私は意を決して声を上げた。 ―――私の寿命を延ばしてください。 ■■王の表情が固まった。 「………それは、全てを承知の上でか?」 ―――はい、そしてそれは彼女のためです。 私はそんなことは承知の上でこの選択をしたのだ。 何れある悲しみを、彼女の傍で癒す為に。 ―――貴方はいずれ彼女を捨てるでしょう、■■王。 「…酷い言い方だな」 苦笑しながら彼は言う。それでも否定しないのは王が王たる所以か、それとも王自身の誠実さの為か。 ―――事実です。貴方はいずれ彼女を捨てる。そしてその時、私は傍にいない可能性が高いでしょう。 私は死ぬだろう、彼女よりも早く。それは変えられない運命だ。 彼は捨てるだろう、彼女を。それは当然のように起こりえる悲劇だ。 「それはどちらに対しても肯定しよう。人間はここにいるということは異常であるし、そしてお前は人間よりも弱い生物だ。 その時まで、生きていることは出来ないだろうな」 今はまだ健康だが、あと一年もすれば死臭は拭えなくなるだろう。 その肯定の言葉はあまりにも正しく事実のみを答えていて、ほんの少しだけ悲しかった。 ―――ですからその為に、せめて彼女の悲しみが癒えるまで彼女の傍にいたいのです。それまで私の寿命を引き延ばすことをお許しください。 「…奇跡には代償が必要だ。私の元に寄せられる願いの殆どが民衆の総意で、故に一人一人の代償は小さい。だがお前のそれは非常に個人的なもので、かつお前個人のみに利益が向くようになっている。その分の代償は重い。それでもか?」 ―――私が死んだ後で支払える物でならばご自由に持って行ってください。命を引き延ばす為に他の命を代用はしません。全ては私で賄います。貴方ならば、魂という曖昧なものでも対価として見出せるのでしょう、■■王。 「それは極上の対価だな。魂より重い物はない」 それはよかった、と私は嘆息した。これで彼女が一人になったとき、彼女が独りにならなくてもいい。 「それでは対価はお前の死後に支払って貰おう。また、その対価と代償は追って宣告しよう」 それだけを言うと、■■王は再び書類に目を落として執務に戻った。 私は安らかに眠り続ける■■■に目を落とした。 ―――どうか彼女が安らかにありますように。 それだけが、私の唯一の願いであり祈りであった。 |